HOME > コラム
- 個人情報漏洩 (2005年4月15日)
- 走行距離メーター変造による不正 (2005年4月28日)
- 不正に対するお国柄 (2005年5月13日)
- 民間調査員としての立場 (2005年5月31日)
- 営業部長による不正事例 前編 (2005年6月15日)
- 営業部長による不正事例 後編 (2005年6月15日)
- 犯罪者のDNAデータベース (2005年7月20日)
- クレジットカード情報の漏洩(2005年7月30日)
- パーキングメーターの改ざん(2005年8月16日)
- セクハラ vs 不正行為(2005年9月7日)
- バイス捜査(2005年9月19日)
- 隠密調査員のマインドセッティング
−嘘をつくということ−
(2005年10月1日) - 反対尋問の心構え(2005年10月5日)
- 偽造20ドル紙幣?(2005年11月5日)
- 壊れ窓理論 (2005年11月14日)
- 海外企業の調査 (2005年11月30日)
- 個人情報の悪用1 −情報の入手−(2005年12月6日)
- 個人情報の悪用2 −入手された情報の悪用−(2005年12月18日)
- 個人情報の悪用3 −被害者にならないために−(2006年01月18日)
- 海外失踪による保険詐欺 ‐前編‐(2006年02月02日)
- 海外失踪による保険詐欺 ‐後編‐(2006年02月15日)
- 児童誘拐 ‐アメリカの実態‐(2006年02月21日)
- 日米依頼人事情(2006年03月12日)
- PIと警察官(2006年03月30日)
- 移民法改正と医療不正(2006年04月16日)
- 銃という道具(2006年04月20日)
- フィッシング詐欺(2006年05月07日)
- 証拠の役割(2006年05月31日)
- FBIの新たな試み(2006年06月21日)
- IDとしての運転免許証及び偽造対策(2006年06月22日)
- 犯罪行為と良心の呵責 −幼少期の環境−(2006年07月31日)
- Chain of Custody(管理の認証)(2006年08月08日)
- スピード違反(2006年08月22日)
- ジョンベネ事件の新展開(2006年09月06日)
- 離婚証明書(2006年09月29日)
- 逮捕された賞金稼ぎ−前編−(2006年10月05日)
- 逮捕された賞金稼ぎ−後編−(2006年10月19日)
- HPスキャンダル(2006年11月7日)
- 私立探偵(PI)と不正検査士(CFE)(2006年11月21日)
- 機密資料の処理(2006年11月27日)
- 債権回収 −「訴えるぞ!」は違法?−(2006年12月12日)
- デジタル写真の証拠能力(2006年12月26日)
- 米国CFE取得体験記(2007年1月16日)
- 所持品チェックの必要性(2007年2月5日)
- 米国CFEの実際(2007年2月6日)
- 鏡を使った撮影法(2007年2月21日)
- 指紋とDNA −一卵性双生児の場合−(2007年3月8日)
- 消去可能なペン(2007年3月22日)
- 人を殺しても許される場合とは?(前編)(2007年4月11日)
個人情報漏洩 2005年4月15日
あるデータ提供会社から145,000人分の個人データが漏洩したことが話題になっている。容疑者はナイジェリア系男性で、架空のアカウントを設定して同社から他人の社会保険番号や生年月日などを入手していたとのことだ。そのデータ提供会社は警察機関や保険調査員、ライセンスを受けた私立探偵など、限定した顧客にしかアクセス資格を与えていない。そしてメンバーになれば業務の範囲内において第三者の個人情報を容易に入手することが出来る。我々私立探偵にとって、調査対象者の社会保険番号は非常に重要である。公共料金のアカウントから結婚記録まで、アメリカでは全ての記録が社会保険番号によって管理されており、この番号が分かれば対象者に関するあらゆる情報を引き出すことが出来るからだ。一方、様々な状況において、社会保険番号は本人しか知らない情報として本人確認の用途で使用される。従って、社会保険番号が良識のない者の手に渡ってしまうと大変なことになってしまう。私もそのデータ提供会社のメンバーだが、アカウントを開いた際にはかなり厳正な審査があったように記憶している。今回の事件の話題の一つは、ハッキングなどのハイテクによるものではなく、書類を偽装し、虚偽のアカウントを開設するといったローテクな手口だったことだ。IT全盛の昨今だが、いつの時代も最終的な判断は人間が行い、そして人間は間違いを犯すものである。データ提供会社は不正に関してファクターとしての人間を軽視していなかっただろか?ITに翻弄されず、バランスの取れた対策が不正防止には不可欠と言えよう。
走行距離メーター変造による不正 2005年4月28日
アメリカは車社会であり、車に関するビジネスも盛んである。特に私のオフィス周辺では合法、違法を問わず、韓国系、南米系の中古車ディーラーがしのぎを削っている。そして、走行距離を改ざんしてマイルの表示を少なくし、さも状態の良い車両に見せかけて販売するなどは決して珍しいことではない。ある日、私に韓国コミュニティーの情報を提供してくれている「インフォーマント(情報屋)」が車を買ってくれないかとやって来た。見た目は綺麗なバンなのだが、23万マイルも走っている。彼曰く、そのバンの以前のオーナーは営業だか配達の仕事をしていて、マイルごとに歩合をもらっていた。車を走らせただけ仕事をしたということなのだろう。そこでそのオーナーはメーター器類だけを走行距離の多い同種のバンのものとそっくり取り替え、マイルを稼いだ(たくさん仕事をした)ことにして多額の歩合を得たらしい。そのバンを譲り受けた私の情報屋は、本来であれば高い値が付くはずの走行距離の低い車両であるにも関わらず、メーター表示が23万マイルであるために買手が付かず、また、事情を説明しても誰も信じてくれないとぼやいていた。確かに陸運局の車両データを見るとある時期から走行距離が異常に上がっているが、マイルを減らすならともかく、わざわざマイル数を増やして車を販売する者などいるはずがないと思われるのであろう。こうして見てみると何のことはない手口だが、どんな状況でも不正に結びつける連中の性根には呆れるばかりである。
不正に対するお国柄 2005年5月13日
在庫品管理についてはどの企業も一応の対策を行っているようであるが、実行力のあるものは極めて少ない。小売店であれば商品が倉庫から無くなる、飲食店においては高価な酒類ばかりがいつの間にか消える、電池、タバコといった比較的安価な商品の在庫数が合わないなどといったことは、どの店舗のオーナーも当たり前のように経験していることだろう。私のクライアントにはアメリカ企業と日系企業があるが、こういった不正に対する姿勢には大きな違いがある。内部の関係者による不正が疑われる場合、まず私は隠しカメラの設置を勧める。地域によって異なるが、トイレやロッカールームなどを除き、オーナーの承諾の下で私企業内に監視カメラ(必ずしも隠しカメラとは同意義ではない)を設置することは合法である。そしてアメリカ企業はこういった調査に対してとても積極的であり、我々のようなプロを雇うことに何の躊躇もしない。彼らは不正調査に対する出費や労力を惜しまないのである。一方、日系企業の場合は隠しカメラなどもっての外であり、何とか犯人の気を損ねないようにして問題を解決しようとする。言い古されたことではあるが、協調性を重んじる日本文化独特の反応と言えよう。アメリカ企業が不正調査に積極的な姿勢を取る背景には徹底した平等主義がある。日系企業の対応は一見穏便に見えるが、実はルールを守って真面目に就労している他の従業員を裏切っているだけである。アメリカ企業はそれを許さない。彼らは平等な機会なくして真の自由社会は実現し得ないと考えるのである。アメリカ社会が日本文化から学ぶべき点はたくさん存在することには異論はないが、こうした不正に対する確固とした姿勢に関しては、我々が米国に見習うべきではないだろうか。
民間調査員としての立場 2005年5月31日
ジョージア州にてプライベート・インベスティゲーター(私立探偵)が逮捕された。自身を警察官と偽称し、裁判所から逮捕状を入手し、実際に「警察官として」被疑者を逮捕してしまったとのことである。何ともレイジーなアメリカ司法制度ならではの事件ではあるが、我々がこの事件から学ぶべきことはある。それは我々は法執行機関の職員ではなく、あくまでも私立調査員として調査を行っているということに常に留意しなければいけないということである。特に犯罪捜査においては容疑者は「悪者」であり、私立調査員は自身を「正義の味方」と思い込み、テレビや映画の刑事のように立ち振る舞いたがるものである。調査員が権威的な態度を取った場合、容疑者が捜査に協力することはまずあり得えない。そして案件を有利に終結することが出来ないばかりか、そういった行為が後に法律的な問題へ発展することもある。あくまでも私立調査員としての立場をわきまえ、謙虚な姿勢で捜査に取り組むことが、結果的に私立調査員の範疇を超えた役割を果たすことに繋がるのである。
営業部長による不正事例 前編 2005年6月15日
今回2回に分けて実際に私が扱った従業員の不正に関する事例の一つ、このホームーページの「従業員の不正調査」における調査例を詳しくご紹介したい。
クライアントはサンフランシスコのサービス業社AのCEOであり、彼の右腕として活躍している40代の営業部長B氏について調べてほしいとのことであった。事の発端はこういうことである。A社のCEOはあるパーティーで古くから付き合いのあるクライアントと出くわし、「先日はBさんのお陰で良い仕事が出来ました。また、宜しく御願いします」と声を掛けられた。ところが、CEOはその仕事については全く記憶がなかった。営業報告は毎日受け取っているのにである。不思議に思ったCEOが最近になって取引が無くなっている得意先に連絡を取ってみたところ、一様に現在もA社に仕事を発注しているとの回答であった。そして、怪訝に感じたCEOはクライアントと直接折衝を行なっているB氏へ疑いの目を向けたのである。
私は架空の韓国企業の従業員に化け、B氏と接触。A社に仕事を依頼するという設定でB氏の反応を見ることした。文章にしてたったの一行だが、架空の人物になるということは簡単なことではない。まずカバーを設定する必要がある。面談するとなれば、当然、世間話もしなければならず、自分にとって明るい分野でかつ直接的に関係しないバックグラウンドを設定する必要がある。もちろん、偽名を使うことにもなる。これは以外と厄介で、「○○さん(偽名)」と呼ばれて、それを自分が呼ばれたものとしてすぐに反応出来なければならない。架空の名詞、会社のパンフレットも作成しなければならない。名詞やパンフレットに記載されている電話番号は実際に通じるものでなければならないし、調査内容を理解している者が対応出来るような状況を作る必要がある。住所は対象者が訪問出来る距離ではなく、かと言って不自然に遠過ぎない場所にしなければならない。実際、後にB氏は名詞の電話番号に偽名を使って電話をし、私の在籍を確認している。B氏は非常に賢い人間だった。彼のような者は、新たな「仕事」の前には慎重になるものである。
ある日の午後1時過ぎ。全ての準備を整え、私はB氏に掛電した。余談だがこのような場合は番号を非通知に設定しておくことを忘れてはならない。最初の難関はB氏をうまく誘い出すことである。こういった突然の問い合わせには対象者は不審がることが多いので、対象者と付き合いのある実在する第三者の紹介でということにする。ただ、その第三者へ連絡がいっては困るので、対象者と仕事上の付き合いがあるが、それ程親しくはない者を事前にリサーチしておく必要がある。案の定、当初B氏は不審がったが、紹介者の名前を出すと話に乗ってきた。営業心をくすぐる話題を提供すると、是非会って話がしたいとのこと。「掛かった…」。我々は翌日、ダウンタウンのあるレストランで会食することになった。アポイントの日付を出来るだけ早く設定することも重要なテクニックである。これは、B氏に考える余裕や紹介者へ確認するための時間を与えないためである。(続く)
営業部長による不正事例 後編 2005年6月15日
約束の時間にレストランへ出向くと、既にB氏は到着していた。40代ということだったが、実際はかなり老けて見える。やり手の印象だ。自己紹介的な会話では個人的な話をしなければならないため、第三者になりすましている私にとってはリスクが大きい。早めに切り上げてビジネスの話に移行しようとしたが、B氏は私個人、私の「会社」である架空の韓国企業に関する話に固執し、しきりに質問してきた。やはり不審がっていたのであろう。B氏は明らかに私が彼のサイドビジネスの顧客としてふさわしいかどうかを見定めていた。そして少しでも怪しい点があれば、本業であるA社として仕事を請けるつもりだったはずである。その時点での彼の選択肢は3つ;1)正式にA社として仕事を請ける、2)A社として仕事を請けたことにして、入金を彼個人宛てにする、3)私を教唆。本音を明かし、割引の代償としてA社を通さずに仕事を発注させる、であった。B氏は私との会話の中で私の性格、倫理観、私が今回のプロジェクトに求めているもの、などを査定し、どの選択肢が彼にとってベストかを考えていたに違いない。結果、彼は2)を選択した。見積もり等、全てのやりとりは全てA社の名前でなされたが、連絡先だけは「外回りが多い」との理由でB氏個人の携帯を指定してきた。
私は仕事を正式に発注し、プロジェクトは無事終了した。驚いたことに、B氏と彼の仲間の仕事自体は素晴らしいものであり、正直、彼の実力には脱帽した。こういった仕事の出来る人間ほど悪知恵が働くものなのだろうか。プロジェクトの最中、私は一般関係者の中にモールを潜り込ませていた。彼女は私と無関係な第三者としてB氏と接触。彼の業務に興味がある素振りをしてB氏の連絡先を入手していた。そこに書かれていたのはA社の連絡先ではなく、B氏の仲間が経営する会社のものであった。と同時に、私のアシスタントがプロジェクトの進行を録画する振りをして、A社から派遣されていることになっているB氏の関係者の容姿を全てビデオに収めた。
3日後、B氏からインボイスが送られてきた。A社の社名が入ったものであったが、振込先はB氏個人のものであった。この点についてB氏に問い合わせてみたが、振込み口座に間違いないとのことであった。
私はこれまでの経緯、入手された証拠資料、モールからの情報、プロジェクトを遂行するB氏の仲間が撮影されたビデオを詳細にまとめ、A社のCEOに報告した。B氏は解雇され、刑事告発だけではなく、民事でも提訴された。
優秀な従業員を犯罪へ駆り立てるものは何か?難しい議論ではあるが、これには従業員が就労に期待する要因に大きく関係してくる。面白いことに、雇用主の予想に反し、それは必ずしも報酬ではない。このトピックについては別の機会に触れてみたい。
犯罪者のDNAデータベース 2005年7月20日
日本でも犯罪者から採取したDNA情報がデータベース化されるという記事を目にした。アメリカではこの種のシステムが1990年から導入されており、Combined DNA Index System (CODIS)と呼ばれるこのシステムは、FBIによって管理されている。2005年4月現在、CODISには50の州、米国陸軍、FBIそしてプエルトリコからのデータが集積されており、収録データ総数は2,443,274。うち、有罪判決を受けた者のデータが2,337,224、犯罪現場から採取されたデータが106,050である。
このDNAデータベースは特に性犯罪の捜査において力を発揮する。性犯罪の現場や被害者の体からは犯人の唾液(正確には唾液に含まれる微細胞)、毛髪(正確には毛根細胞)、精子といったDNA情報を含むサンプルが採取される。また、性犯罪者というのは自身の性癖を変えることが出来ず、必ず犯行を繰り返すものである。よって、過去の性犯罪者の生体情報を記録しておくことは後の捜査や再犯防止のためにも非常に重要なことなのである。ちなみに、証拠収集の関係上、性犯罪の被害者はサンプル採取を終えるまでは絶対にシャワーを浴びることを許されず、これが精神的に苦痛となることが多い。
アメリカにおけるCODISの問題点は、サンプルの収集方法や規定が州によって異なり、犯罪捜査・防止に大きく貢献するために必要なサンプルを十分に収集出来ないことだろう。ご存知の通り、アメリカは「合衆国」であり、各州が独立した自治制度を有している。バージニア州やルイジアナ州のように特定の罪で逮捕(起訴、有罪判決に至る以前の段階)された者からDNAを採取することを可能とする州もあれば、コネチカット州のように特定の重罪、レイプなどに限ってDNA採取を認める州もある。また、罪が確定していない容疑者からDNAを採取することへの批判や合衆国憲法修正第四条との関係もあり、十分なDNAサンプルを採取するということは簡単なことではないのである。結果、CODISのデータは異なったシステムに基いて収集されたDNA情報が集積ということになるから、その統一性という点で疑問が残ることになる。
日本の司法制度では犯罪者や容疑者のDNA情報をどの段階で採取出来るようにするのだろうか。日本の利点は、アメリカと違って警察機関が一元管理されていることだろう。もちろん、都道府県ごとに警察組織があるが、その統一性は複雑に絡み合ったアメリカの法執行機関とは比較にならない。全国レベルのスタンダードを確立し、司法の早い段階でDNA情報を採取出来るようなシステムを構築してほしいものである。
クレジットカード情報の漏洩 2005年7月30日
少し前からアメリカの情報処理会社からクレジットカード情報が漏洩した事件が話題となっている。この情報処理会社はカード会社と加盟店に介在するものであり、この種の業者はCard Processing Companyと呼ばれている。犯行の手口は捜査中だが、サイバー攻撃による可能性があるとのことである。
今回の事件の要因として、以下の3点を挙げることが出来る。
1)利便性の優先
カード情報の流出のような危機的状況というのは、めったに起こるものではない。一方、人々は日々の業務に追われるため、どうしても目先の作業を優先してしまい、有事への対策を怠ってしまうものである。例えば、パソコンのパスワードが書かれたメモ。危険であることは分かっているが、パソコンを開く度にいちいち取り出すのは面倒なので、ついパソコンの脇に貼っておいてしまう。重要書類が入っているキャビネットの鍵。いちいち持ち歩くのが面倒だから、トイレに立つ際につい机の上の置いたままにしてしまう。人はめったに起こらない惨事への対策よりも、目先の利便性を優先してしまうのである。今回の情報処理会社は「決済が出来なかった場合の調査目的のため」という理由により、本来保存しておくべきではないカード情報を保存していた。おそらく、決済に関して調査が必要な場合、その目的を明確に提示すれば別途カード情報を得ることが出来るしくみになっていたはずである。情報処理会社がこういった「面倒な」手続きを懸念し、利便性を優先したためにカード情報が社内で保存され、結果、今回のような事件が発生してしまった。
2)委託会社への過信
昨今は経費削減のためのアウトソーシングが盛んであり、自社内で全ての業務を処理するというのは珍しい状況になってきている。そして、過去の例を見ても、個人情報を扱う機関自体における情報管理がしっかりしているにも関らず、委託会社における情報管理がずさんだったために情報が漏洩したケースが非常に多い。しかし、再委託、再々委託先の情報管理まで目を光らせるのは容易なことではない。個人情報保護法との関係で、日本では委託業者の扱いについての議論も行なわれているようであるが、いかなる場合でも第三者に開示された情報は漏洩の危険性をはらんでいるということを常に意識しておくべきである。どんなに厳格な機密保持契約を交わしていても、である。情報を入手する側、調査員としての経験からしても、情報入手の際に機密保持契約などが大きな障害となることは少ない。委託会社への信頼度や機密保持契約の有無に関わらず、必要とする者に必要最低限の情報しか開示しないこと。いわゆるNEED TO KNOWの原則を徹底することが我々が出来る唯一の対応策ではないだろうか。
3)責任の回避
ワシントンポスト紙のKrim氏は、「銀行やクレジットカード会社は、カードの不正使用に関して支払いをする必要はなく、それは情報処理会社にも同様のことが言える」と報じている。また、ニューヨークタイムズ紙のCreswell, Dash両氏も、「ビザカードのような会社は規定に従わなかった処理業者との取引を禁止するか、50万ドルまでの罰金を課すことが出来る。しかし、こういった懲戒が課されることはほとんどない」としている。これらが事実だとすると、このような状況下ではクレジットカード会社や情報処理会社がカード不正使用対策に積極的に取り組むとは考えにくい。懲罰条項が明示された、実行力のある法令・規定を確立することが、こういった犯罪を防止するためには不可欠といえよう。
パーキングメーターの改ざん 2005年8月16日
ロスアンジェルスのダウンタウンで頻繁に見かける光景がある。路肩に車を停めると同時に何者かが突然現れ、パーキングメーターをいじくり始める。そしてドライバーが車を降りてメーターにコインを入れようとすると、「俺にコインを渡せ」と迫ってくるというものである。
これはパーキングメーターの改ざんを使った犯罪。ホームレスやギャングの「兵隊」であることが多いが、彼らはパーキングメーターが設置されているストリートで停車する車両を待ち構えている。ドライバーがパーキングスペースに停車しようとすると、そのパーキングメーターにカード状の物を差込み、あるテクニックを使ってコインが投入されたかのようにメーターを改ざんしてしまう。そしてドライバーにその分のコインを支払えと要求してくるのである。ドライバーがそれを拒むと顔を近づけて凄んだり、大声でわめき散らしたりして、無理やりコインを脅し取る。現地の人間はそういった不審者が徘徊している場所には駐車しないが、レンタカーを運転している旅行者などが被害に遭うことが多いようだ。犯罪とはいかないまでも、アメリカではこういった輩がたくさんいる。例えばガソリンスタンド。給油していると頼んでもいないのに勝手に窓を拭き出し、「掃除してやったんだから金を払え」と迫ってくる。私も先日は洗車したばかりの車に手を触れられ、思わず激怒してしまった。コンビニエンスストアもそうだ。私のオフィスのあるコリアタウンのコンビ二では必ずと言って良いほどホームレスが待ち構えている。彼らは「ドアマン」をしており、店を出てくる客に小銭をねだってくる。ただ、中には気の効いたジョークを飛ばす者もおり、そういった彼らにチップを払うこともあるのもアメリカらしいかもしれない。
いずれにせよ、相手がギャングであろうとホームレスであろうと、アメリカではどんな地位の者でも個性と自信を持っており、対応の仕方を間違えると大変なことになる。夏季休暇で海外へ旅行される方はくれぐれも注意されたい。

パーキングメーターを改ざんする不審者

ドライバーを脅している不審者
※ 画像は意図的にぼかしてあります
セクハラ vs 不正行為 2005年9月7日
セクハラ訴訟は依然としてアメリカでも大流行だ。というよりも、すっかり定着したと言ったほうが正しいかもしれない。冤罪か否かに関わらず、女性従業員は上司や経営者をハラスメントで容易に提訴し、多くの場合、男性側にとって不本意な評決となってしまう。
さて、今回のトピックは以前に私が関わっていたあるカリフォルニアの会社での出来事である。女性従業員Aは財務会計のプロフェッショナルであり、マネージャーのポジションにいた。私も可愛がってもらっていて、個人的にも親しくしていたのだが、Aは勤務条件や報酬に不満を持っており、事ある毎に会社の不満を漏らしていた。ある日、彼女はその会社のCEOに雇用契約内容の見直しを直訴したが、彼女の要望は受け入れられなかった。しかし、強気のAがそのまま引き下がることはなく、翌日、Aは再度CEOを訪ね、セクハラで彼を訴えると言い出したのである。この噂はすぐに社内に広がった。多忙なCEOはあまり会社に顔を出すこともなく、たまに出社してもオフィスに入りっぱなしだったので、彼が一般の従業員と接することは極めて少なかった。Aが雇用契約内容の見直しを拒否された翌日にセクハラなどと言い出したことを鑑みても、Aの策略というのが大方の意見だった。ただ、CEOはそれなりに知られた人物であり、スキャンダルが致命的になることも十分に考えられた。また、裁判となるとこの種のケースでは男性にとって圧倒的に不利になる。当然、この辺りの事情を良く知った上で、Aはこのような行動に出たのだろう。Aに対してCEOが取った手段は何か?彼はAのオフィスのパソコンの使用履歴を洗い出し、業務目的以外で使用された記録を全て入手したのである。そのCEOは日頃から不正に対しては確固とした姿勢を取っており、社内のシステムに各パソコン使用歴が全て記録されるソフトを入れていた。「目には目を」の対応である。Aのオフィスは完全な個室であるため、中で何をしようと他の従業員には分からない。特にAの業務にはパソコンが不可欠だったため、彼女が終日パソコンに向かっていても何の不思議もない。そしてAのパソコン履歴から、彼女が業務中に自身のサイドビジネスであるリサーチに明け暮れ、会社の経費を使って様々なデータベースにもアクセスしていたことが明らかになった。CEOはこの資料をAに突きつけ、“取引”を申し出た。Aはセクハラを取り下げる代わりに会社での不正行為を認め、退職。CEOは彼女の不正行為に目をつぶるというものだった。Aは翌日から出社せず、結局、セクハラの件もAの不正行為の件も、司法の場で議論されることはなかった。
先日の記事によると、職場でのインターネットの私的利用によってアメリカ企業は年間1,780億ドル以上の損害を被っているとのこと。従業員が業務と無関係なネットサーフィンに1週間あたり平均5.9時間を費やしているというデータもある。CEOとAの間に実際に何があったのか、我々には分からない。実際にハラスメントが行われたのかもしれない。今回のケースのような解決方法に異論を唱える方も多いだろう。ただ、一つ言えることは、Aは職を失い、CEOも仕事の出来る従業員を失ったということである。Aは自分のキャリアに傷をつけ、企業もAと同レベルの従業員を育てるのに、再び数ヶ月から数年を費やさなければならない。不正はどの当事者にとってもプラスになることはない。不正対策の分野では基本中の基本として提唱されていることではあるが、不正を防止するためのシステムと動機を抑制する環境作りが大切ということだろう。
バイス捜査 2005年9月19日
バイス(Vice Enforcement)というのをご存知だろうか?昔、「マイアミバイス」という刑事ドラマがあったが、そのバイスである。私服に身を包んで一般市民のようなフリをして町をパトロールし、違法で行なわれているカジノ、路上販売、花火、売春などを取り締まることを指す言葉である。先日、ロス市警のあるバイス捜査専門の警察官と話す機会があった。ある会合で知り合ったのだが、典型的なラティーノの彼は汚いミリタリーシャツを着ていて、頭は坊主。どこから見てもメキシコからの違法移民にしか見えないのだが、実は優秀はバイスオフィサーだった。彼によると、一般にバイス捜査というと売春の取り締まりがイメージされるようだが、実はそうではなく、道端で違法で売られているDVDやホットドッグ、カジノなどの捜査が多いとのことである。
とはいえ、やはり売春の取り締まりも少なくないらしい。そして、彼から面白い(?)エピソードを聞くことが出来た。ある日の午後9時頃、彼はいつものように普通車両と同じナンバーを付けたアンダーカバー用の警察車両に乗り込み、町をパトロールしていた。そして、市民からの通報を受け、ある売春宿を摘発することになった。表向きは怪しい看板を掲げているある店舗に踏み込み、客を含む数人の容疑者を逮捕。そして客のうちの一人、20代後半の男性を彼が車の中で事情聴取することになった。こういったことに慣れている彼だが、どうもその容疑者の様子がおかしいことに気付いた。時間を気にしており、しきりに友達に電話させてくれとせがんでくる。約束があるらしく、仕方なしにオフィサーも電話することを許可し、その男性の会話を聞いていると、どうもその男性はガールフレンドのバースデーパーティーに行く予定だったらしい。まさか売春宿で警察に捕まったとも言えない男性は、支離滅裂なことを言って、ガールフレンドとの電話を途中で切ってしまった。
その後、この男性は警察署へ移送され、本格的な聴取を受けることになったのだが、ちょうどその時、同じ警察署にそのガールフレンドが父親に付き添われて現れ、「ボーイフレンドが事件に巻き込まれて行方不明になった!!」と悲痛な表情で訴えていた。そこへこの男性が手錠を掛けられて到着。ガールフレンドと警察署で鉢合わせすることになってしまった。追い討ちをかけて、事情を知らない警察官が「ああ彼?フッカー(売春婦)をひっかけたらしいぜ」などと余計なことを言ってしまい、彼女とその父親は驚くどころか、呆然とその場にしゃがみこんでしまったらしい。
売春がなぜいけないか?当事者の同意の下で行なわれる性行為であるし、被害者がいないではないか?こういった議論は昔から行なわれているが、少なくとも警察機関の見解としては、「それを好まない一般市民の住む場所で行なわれており、彼らの生活環境を侵害しているから(風紀を乱しているから)」というのが取り締まりの理由だそうである。カジノ、違法DVDなどにも同じ理由が当てはまる。違法行為自体がさらなる違法行為を生み出すことも理由かもしれない。では孤島での売春は良いのかということになるが、やはり倫理上の問題は生じてくるだろう。ただ、私自身の意見はともかく、法を犯すうんぬん以前の問題として、人の信頼を裏切ることは許されるべきではない。当たり前のことである。
隠密調査員のマインドセッティング −嘘をつくということ−
2005年10月1日
調査を遂行するために自分の身分を偽って相手と接触したり、別人になりすましてどこかへ潜入することが必要な場合がある。以前に紹介した「営業部長による不正事例」や「バイス捜査」もそういった類の調査と言えよう。但し、同様の結果が期待される他の調査手段があるならば、隠密調査を選択すべきではないことは言うまでもない。
端的に言えば、隠密調査では嘘をつくのが仕事となる。問題は2つ。1)嘘をつくことに対する心の抵抗、2)架空の話を真実として語ることに伴うストーリーとしての矛盾、である。通常、我々は嘘をつくことはいけないことだと教育されて育ってきている。したがって、嘘をつく際にはどうしても心に葛藤が生じ、それがとっさの反応を遅らせる原因になる。例えば「○○さん(偽名)」と呼ばれて架空の人物として反応しようとする場合、まず偽名を使うことに対する心の動揺をコントロールし、その上で「自分の本当の名前は××。だが、今は隠密調査中だから、△△という偽名を使わなければならない」という思考プロセスを経ることになる。これでは心の葛藤が表情や仕草を通して相手に伝わってしまうばかりでなく、その後の会話の流れが不自然になり、相手に発覚、または嫌疑感を与えてしまうことになる。相手に嫌疑感を与えてしまうとどうなるか?調査の前線で仕事をさせている方であれば良くお分かりだと思うが、人は得体の知れないものを拒絶し、また恐怖感を抱くものである。それに相手は自分を騙しているといった正当化要因も加わり、調査員は予想もしない仕打ちを受けることになる。私の経験では、自分の身分について何も語らないより、むしろ「探偵」と名乗ったほうがはるかに相手に安心感を与えるような気がする。
こういった問題を克服するには「嘘をつかないこと」である。設定した架空の人物になりきること、つまりそれが本当の自分であり、自分は真実を述べているのだと自身に信じ込ませることが重要だ。事前に設定するカバーストーリーは本当に自分のバックグラウンドであり、偽名として使われる名前は自分の本名であると徹底的に頭に叩き込んでおくのである。以前にカバーストーリーは出来るだけ自分にとってあかるいものであったほうが良いと述べたことがあるが、これもそのような理由、出来るだけ真実に近いカバーのほうが自分にとって受け入れやすいからである。私の場合、偽名として使う名前は数個に限定するようにしている。私にとってはどれも“本当の”自分の名前だというわけだ。これによって、どの名前を呼ばれても自分の名前としてすぐに反応出来る。あまりに多くの偽名ではそれは出来ない。嘘をつかないようにすることはストレスから身を守ることにも繋がる。精神的にも身体的にも、体の自然な反応に逆らうことをすればどうしてもひずみが生じるものである。
多重人格ではないが、自分の中にいくつかの異なる“本当の”自分を持っておくこと。それが隠密調査を成功させるポイントであるような気がする。
反対尋問の心構え 2005年10月5日
先日、ラスベガスで行なわれたWorld Investigators Conferenceに参加してきた。正確にニュアンスが伝わるように訳すのは難しいが、要するにアメリカを中心とした1100人以上の調査員が一同に集まり、情報を交換するとともに知識を高めようというものである。事情聴取からデジタル証拠の収集、殺人事件の捜査方法まで、幅広い分野からの専門家によるセミナーもあり、非常に有意義なものであった。
さて、今回のセミナーの中で、我々調査員が裁判所で反対尋問を受ける際に留意すべき点について話を聞くことが出来た。以下、参考とされたい。
- 証言は真実でなければならないが、相手を手助けするようなものであってはならない。
- 裁判官のタイプを事前に良く調べておくこと。
- 常に記録しておくこと。「それは赤であったと記憶している」よりも、「それは赤であったと(当時)このように記録している」のほうが説得力が高い。
- 回答する際は尋問者を見るのではなく、裁判官や陪審員に視線を向けるようにする。
- 尋問者を名前で呼ばないこと。それを好まない尋問者も多い。
- 明らかな事実は素直に認めること。
- 腕の良い尋問者ほど、「○○ですね?」「△△ですね?」と立て続けに「イエス」という回答を誘導するような質問を問い詰めてくる。このような「イエスの罠」に陥らないこと。答えに困る質問の場合には「分かりません」という回答をしても全く問題ない。
- 尋問者と議論しようとしないこと。
- 調査員の役割は事実を示すこと。それ以上でも以下でもないことに注意すること。
その他にも参考となる情報があったので、それについては随時ご紹介していきたい。今回のカンファレンスの主催はWorld Association of Detectives (http://www.wad.net/)という団体である。今年は調査員向けの雑誌等がスポンサーに付き、特別大きなカンファレンスになったとのことであるが、来年は東京で開催されるそうである。ご興味のある方は是非参加されてみてはいかがだろうか。
偽造20ドル紙幣? 2005年11月5日
「偽造紙幣かもしれない…」。そんな相談が舞い込んできた。日本でも使用されているかもしれないが、アメリカでは高額紙幣で買い物をする場合、必ずといって良いほどレジの担当者が特殊なペンで紙幣をなぞり、偽造紙幣かどうかをチェックする。偽造だった場合、特殊なインクが紙に反応し、濃いグレーのラインが紙面に現れるというわけである。
さて、今回持ち込まれた紙幣は以下の様な物。
確かに怪しい・・・。まずは偽造紙幣を見分けるためのペンでなぞった跡。偽造を示す濃いグレーのラインがはっきりと出ている。それも一つや二つではない。次に気になるのは紙幣の左右の余白部分の幅が異なること。さらに下部にプリントされた「WILL PAY TO THE BEARER ON DEMAND」。このような文言の入った20ドル紙幣など見たことがない。紙幣の取り扱いに慣れているはずの銀行員にも聞いてみたが、偽造紙幣に間違いないとのこと。シークレット・サービスに通報すべきが迷ったが、その前に紙幣について少し調べてみることにした。そして、製造された年代に応じ、異なるデザインを持った紙幣がいかに多く現在も流通しているかということを知って驚いた。さて、問題の20ドル紙幣であるが、紙幣辞典のようなものを用いて比較した結果、こういった形状の20ドル紙幣が過去に製造されていたことが明らかになった。この紙幣には「SERIES 1950 A」というプリントがある。つまりこれは1950年に製造された紙幣である。半世紀以上の歳月を経た紙幣とは思えない程状態が良かったために本物かどうかの判断を誤ってしまったが、この時代の20ドル紙幣には間違いなく「WILL PAY TO THE BEARER ON DEMAND」という文言が入っており、また当時使用されていた紙質は、現在の偽造チェックペンに反応してしまうことも分かった。つまり、この20ドル紙幣は本物だったのである。
古き良き時代に製造された正真正銘の紙幣であるにも関わらず、偽造チェックペンで何度もなぞられ、その度に「偽者」のレッテルを貼られてきた20ドル紙幣。50年の歳月を経た今、時代の移り変わりと共に、その役割の終焉を感じていることだろう。
壊れ窓理論 2005年11月14日
アメリカで犯罪司法のコースを取ると必ず学ぶことになる理論がある。「Broken Windows Theory」、日本訳では「壊れ窓理論」と呼ばれるものである。名称自体はガラス窓に例えてあるが、つまりは荒廃した環境は更なる荒廃を生む(壊れた窓をそのままにしておけば、その他の窓もいずれ破壊されてしまう)というものである。例を挙げよう。ニューヨークのブロンクスのような危険地帯に車を放置したとする。数分と経たずにガラスは割られ、ステレオやタイヤ等は瞬く間に略奪されるだろう。一方、同じ車両を環境の良い場所に放置したらどうなるだろうか。数日、数週間経っても車が破壊されることはない。こういった実験が当局によって繰り返され、Broken Windows Theoryとして治安向上のために活用されるようになったのである。この理論によると、小さな犯罪が散在する環境や風紀の乱れが更なる犯罪を誘発する。従って、警察機関はどんな小さな犯罪も見逃さずに積極的に取り締まるといった政策を用いた。これは「Zero Tolerance Policy(容赦のない政策)」と呼ばれるものである。軽微な犯罪であっても、それが存在する地域には好ましくない連中が集まり、善良な市民が排除され、ついには無法地帯が出来上がる。よって、少しでも風紀が乱れ出したらその芽をつぶす、例えば落書きがあればそれを放置せずに直ちに消し取る、といった作業を徹底したのである。この方法で治安を向上させたのがニューヨーク市だ。かつて犯罪の巣窟となっていたニューヨークを立ち直らせるため、NYPDは大量の警察官をストリートへ送り込み、犯罪の芽や風紀を乱す原因を根こそぎ摘み取っていった。そして治安を見事に向上させ、観光客を誘致させることに成功したのである。
この理論や政策は不正対策にも応用出来るものである。例えペン一本であっても社内の備品をしっかりと管理しているような企業と、機密書類がいつも机の上に散乱していたり、ずさんな経費処理が行われていたり、出納室(倉庫)への出入者名簿への記帳がおざなりに行われているような企業では、どちらが従業員の心をゆがめ、不正を誘発する可能性が高いだろうか。答えは明らかである。管理体制のしっかりしている組織、不正に対する容赦のない姿勢が社風として定着している組織、そして問題が小さいうちに消し止めることが出来る組織が必要なのである。ポイントは犯罪者にとって居心地の悪い環境を構築するということであろう。
海外企業の調査 2005年11月30日
通常、企業調査というといわゆるデータバンクが利用されることが多い。海外においてもこの種の企業データサービスは盛んであり、比較的安い値段で企業情報を提供している。ただ、彼らに記録がないケースや「データバンクの情報では問題なさそうだけど、実際はどうなの?」といった疑問が生じることも多い。データバンクの情報の多くは対象企業へのインタビューによって入手されるものであり、当然、その内容は信頼性に乏しく、当該企業にとって有利なものとなっているからである。そして、我々のような調査業者はデータバンクではカバーしきれない情報を入手したり、単なるデータサーチでは把握出来ない現地での実態を確認したりといった役割を担うことになる。但し、リスクと調査経費との兼ね合いで、データバンクの情報だけで十分目的を達成出来る場合もあるということを注記しておきたい。
さて、実際の調査例を挙げよう。クライアントである日本企業A社は米国ジョージア州にある販売業者B社から突然連絡を受け、是非ともA社の製品をアメリカで販売したいとの申し出を受けた。折りしもA社は海外進出を計画していた時期であり、またとない機会とB社の申し出を快諾。メールと手紙でやりとりを開始した。しかし、浮き足立っている幹部社員達を見ているうちにA社の社長は次第に不安感を募らせ、念には念をということでB社の信用調査を行うことにした。そしてデータバンクにも記録がないということから、私のところに相談がきたのである。A社から経緯を聞いて私は驚いた。A社の担当者はしきりにB社の気を損ねることを恐れており、B社へ取引先相手として当然聞いておくべき事項、資本金や社歴なども知らないとのことである。会社案内を取り寄せもせず、英語が話せないからと電話をしたこともない。ほとんどのやりとりはメールで行われるらしく、よくもこのような状態で何万ドルもの取引を行うものかと、正直、私も呆れてしまった。アメリカでは取引先企業の詳細な信用調査を実施することなど、極々当たり前のことである。それが相手企業に知れたところでどうということはない。早速、B社の所在地とされる住所に調査員を派遣してみたところ、案の定、該当する住所にはB社の存在を示すものは何一つなく、弁護士事務所があるだけであった。また、商業登記簿によるとB社は設立してまだ3ヶ月しか経っておらず、しかもステイタスは「INACTIVE」。設立したばかりの会社で資金繰りが厳しく、弁護士事務所の住所を借りて、細々とビジネスにかじりついているような印象であった。A社は私からのアドバイスを受けて何とかB社の会社案内だけは受け取ったが、それもパワーポイントで作成しただけの粗末なものであった。
これは私が扱う典型的なケースである。こういった例は非常に多い。もちろん、ホームオフィスであっても、見栄えのよい会社案内を作成していなくとも、しっかりとしたサービスを提供している企業はたくさんある。特にアメリカではその傾向は強い。しかしながら、海外ビジネスの経験の少ない日系企業にとっては、そういった企業と取引を行うのはリスクが高いと言えよう。ただ、データバンクへの掲載有無については業界によるところも大きい。例えば、我々のような業種の場合、まともな調査会社であればデータバンクに自社の情報を提供することなどしない。我々の業務内容を考えれば当然のことだが。
個人情報の悪用1 −情報の入手− 2005年12月6日
行きつけのある飲食店の店員から相談を受けた。彼が新車を購入する際にローンを組もうとしたところ、クレジットスコアーが低いために断られてしまったとのこと。今までに支払いを滞ったことなど一度もなく、これは今流行の個人情報盗難による被害ではないかということで、私に相談を持ちかけてきたのである。早速、彼のクレジット情報を確認してみたところ、彼と全く無関係な住所が最新の居住地として登録されていた。アメリカでは個人のクレジット歴に関する情報は3つの民間団体によって管理されており、新たな取引が行なわれるごとに更新されていく仕組みになっている。つまり、今回のケースでは何者かが彼になりすまして取引(銀行口座の開設、クレジットカードの取得など)を行い、その際に疑惑の住所が記録されたと推測される。実際に現地を訪れてみたところ、そこは古びたアパートであった。これ以上の調査には正規のチャージが必要だと伝えたところ彼があっさりと諦めたため、この件が進展することは無かったが、これは被害者が個人情報盗難に気付く典型的なシナリオである。個人情報盗難は今、アメリカで最も猛威を振るっている犯罪であり、あるレポートによると、一日に250人が新たに被害者になっているとのことである。
このような個人情報に関係する犯罪においては、二つのプロセスを経ることとなる。
1)個人情報の入手、2)入手された情報の悪用、である。
今回は1)について考えてみたい。
ターゲットとなる被害者になりすますには、被害者しか知り得ない情報を把握している必要がある。アメリカの場合、ミドルネームを含めたフルネーム、社会保険番号、生年月日がその代表的なものだ。これに母親の旧姓が加わることもある。出来心で他人の個人情報を入手する場合もあるだろうが、プロフェッショナルによる犯行の場合、一度の犯行で複数の個人情報を入手することが出来る場所、例えば職場などが狙われやすい。人事部のファイルをコピーしたり、従業員を買収したりして個人情報を持ち出すのである。こういった職場における個人情報盗難は全体の約70%を占める。また、機密情報の漏洩というと、必ずハッキングのようなハイテクな手口が話題になるが、実際はゴミあさりや郵便物の盗難、ファイルの覗き見といった、ローテクな手口によることが多い。あるデーターによると、個人情報盗難のうち、ハイテクな手口によるものは12%に留まるとのことである。個人情報の入手は、何もこういったスパイまがいの手口によるものだけではない。特にアメリカでは様々な公的記録が公開されており、個人情報は合法的かつ簡単に入手することが出来る。例えば、結婚記録。実物のサンプルをご覧頂きたい。
新郎と新婦のフルネーム、生年月日、住所、両親の氏名や生年月日、旧姓、職業、出生地まで記載されている。これだけの情報があれば、この人物になりすますことはたやすいことだ。ここでは触れることは出来ないが、ある方法によって社会保険番号すら入手することが可能である。次回はこうして入手された個人情報がいかに犯罪へ結び付いていくかという点について考えてみたい。
個人情報の悪用2 −入手された情報の悪用−
2005年12月18日
前回に引き続き、今回は不当に入手された個人情報の悪用について考えてみたい。
個人情報を獲得した後の一般的な手口の一つとして、被害者名義のクレジットカードの入手が挙げられる。通常、クレジットカードは電話や郵送でのやりとりだけで作ることが出来るので、犯罪者達にとっても都合が良い。被害者となるターゲットの郵便物を盗み取ることが出来る状況であれば、クレジットカードに関する犯行はさらに容易くなる。郵便物を入手するために、勝手に郵便局に転送届けを出してしまうのもありがちな手段だ。理由をご説明する前に、まずは以下のサンプルをご覧頂きたい。
これはクレジットカードに関するDMである。「You are Pre-Qualified!(資格予備審査に通過しました!)」などと謳ってあり、アメリカではクレジットスコアーの高い人達を対象に、こういったDMがたくさん送られてくる。悪いことに、同封されているクレジットカードの申し込み用紙には宛先人の氏名や識別番号までプリントされており、不正に入手された他人(宛先人)の個人情報をこの用紙に記入し、住所だけ犯罪者のコントロール出来る場所に変更してしまえば、他人名義のクレジットカードが犯罪者達の手に渡ってしまうことになる。被害者が実際に所持しているクレジットカード会社へ電話をし、本人になりすまして登録住所を変更。カード明細を不正に入手して、そこに記載されているカード番号等を悪用するという方法が用いられることもある。前回お話した私の知人の場合、こういった手口によってその知人とは無関係な住所が彼の最新住所として記録されたものと推測されよう。以下はカード申込書の実物サンプルである。
個人情報の悪用はこれに止まらない。公共サービスや電話名義の登録は、氏名、住所、社会保険番号等を電話で伝えるだけで完了してしまうので、例えば、国際電話を他人名義で使いたい放題ということも可能となる。さらに、運転免許証などを他人名義で作ってしまうケースもあり、そこまで事態が深刻化してしまうともはや手遅れである。政府発行のIDによって他人名義の銀行口座を開設、小切手の不正利用だけではなく、警察に逮捕された際に他人になりすまし、いつの間にか、無実であるはずの被害者に犯罪歴が記録されてしまうこともある。いずれにせよ、自身の個人情報が悪用されていると思ったら、直ちに対策を講じることである。
参考:
12月15日付けのUSA Today に、薬物中毒者と個人情報盗難グループが手を組み、ハイテクな手口による犯罪を行なっているという記事が掲載されている。ご興味のある方はこちらをご覧頂きたい(英語)。
個人情報の悪用3 −被害者にならないために−
2006年01月18日
今回は個人情報悪用の締めくくりとして、こうした被害に会う可能性を減らすための策について考えてみたい。但し、100%の防止は不可能である。個人情報には自身で管理出来るものと出来ないものがあり、特に後者については、いくら自分が留意していても漏洩を防ぐことが出来ないことがあるからである。
誰の目にも触れることなく、地下深くに埋められた頑丈な金庫の中に保管されている個人情報が悪用されるということはない。何らかの方法によって開示されたからこそ、個人情報は悪用されることになるのである。従って、個人レベルで可能な対策としては、第三者によって閲覧可能な個人情報をいかに減らすか、言い換えれば、情報社会における自分の存在をいかに薄くするかということが重要である。まずはいかに多くの個人情報が私達自身によって外部へ漏らされているかということを知っておく必要があるだろう。例えば、フリーメールのアカウント作成、ネット上でのメンバー登録、店頭でのアンケート、無料クーポンの受け取りなど。記入しろと言われればそのまま正直に記入してしまうのは我々日本人だけの特徴なのかもしれないが、これ程危険なものはない。住宅ローンの申し込みをするような場合には当然、嘘偽りのない情報を伝える必要があるが、それ以外の用途の場合には真実を記載する義務はない。あったとしても、罰則まであるようなことは稀である。こういった個人情報の欄に記入された電話番号や住所はDMリスト業者などへ売却され、第三者の目に触れる機会も増え、結果、個人情報犯罪の被害者となる確率も上昇するのである。私の場合、重要かつ必須ではないがどうしても個人情報を記入しなければならない際には、「Kenji Tamaga(本名はYamaga)」というように、さもタイプミスと言い訳が出来る程度に細工するようにしている。生年月日や電話番号も同様だ。住所も決して現住所ではなく、何年か前のものを使用する。これなら全くの嘘ではないので、良心の呵責もない。社会保険番号を除けば、アメリカでは苗字と生年月日が個人を特定するために用いられるので(ニックネームが多用されるアメリカでは、個人を特定する際にファーストネームは重視されない)、こういった方法によって情報社会における自分の存在を薄くすることが出来る。ちなみに苗字の最初の文字を変えることがポイントである。二つ目以降の文字の場合、私の例で言えば、Yで始まる苗字で検索されるとファーストネームとの組み合わせによって「タイプミス」であると見破られる可能性があるからである。自宅から出るゴミの処理方法も大切である。オフィスと違い、自宅にシュレッダーを備えている家庭はまだ少ないだろう。クレジットカードの明細や領収書などは細かく切り裂いて捨てることなどが勧められているが、それだけでは不十分である。手でちぎった程度の書類の復元など、容易いことだからだ。私は例えばクレジット明細の場合、水に浸した上で、カード番号が書かれた部分を3,4つに切って別々のゴミ箱に入れるようにしている。水気によって番号が判別しにくくなるし、ゴミ箱が一杯になるたびに集積場へ持って行くようにすれば、分裂されたカード番号が同時期に集積場に置かれるようなことはない。万が一、犯罪者がその日のゴミを丸ごと持っていったとしても、全ての紙片(番号)が合わさることを防ぐことが出来る。また、番号の書かれた紙片を空き缶などに入れて捨てるようにもしている。ゴミ袋越しにカード明細が入ってことが分かることもないし、運良く(?)ホームレスが空き缶だけを持っていってくれれば、カード番号の一部が私自身と結び付く可能性は非常に低くなる。
個人情報を扱う仕事をしているので、私の例は極端かもしれない。しかしながら、「情報社会において自分の存在を薄くすること」は、これからの社会で身を守るには不可欠であるように思う。
海外失踪による保険詐欺 ‐前編‐ 2006年02月02日
あるアジア諸国の保険会社から連絡が入った。アメリカに行くといったきり、行方不明になっている女性について調べてほしいとのこと。この女性は東南アジアの出身であり、家族に仕事でアメリカに行ってくると言い残して国を去ったまま、そのまま連絡が途絶えてしまっているらしい。それだけならばありふれた話だが、問題は彼女には祖国にて多額の保険金が掛けられており、既に裁判所から失踪宣告が出ている彼女に関して、夫が保険金の請求をしてきたのである。ただ、夫やその家族と交渉を行っている保険会社にはどうも腑に落ちない点があり、家族との共謀による保険金詐欺、しかも国をまたいだ詐欺ではないかということで、私に調査を依頼してきたのである。確かに、外国で行方不明になったといえば、保険会社も調査を躊躇することが多い。しかし、この保険会社は決して妥協することなく、徹底的に真実の究明に乗り出してきたのである。保険会社にしてみれば、最低でも失踪宣告後に彼女が生存していたことが分かれば、とりあえずは不正受給を食い止めることが出来る。
なぜ私に依頼がきたかというと、それは私がアジア人だからである。多数の民族が集まっているアメリカといえども、人種の壁は厚い。アジア人社会で情報を収集するにはやはりアジア人が適しており、また、これは重要なことだが、アジア人同士であれば、顔の確認がしやすい。白人達にとって我々アジア人は皆、同じように見えてしまうので、今回のように10年以上も前の写真を基に個人を探し出すことは難しいのである。
早速、私は調査プランを練ってみたのだが、この種の調査はもっとも難しい部類にあてはまるものだ。対象者は観光ビザ(ビザ免除プログラム)で渡米しており、通常、アメリカ国内では観光ビザから滞在ビザに切り替えることが出来ないので、この女性が現在もアメリカに居住しているならば、10年以上も不法滞在しているということになる。不法滞在者が政府や各種団体に何らかの届出をするということはあり得ないから、記録から追っていくことが出来ない。地道な聞き込みによって情報を収集していくしかないのである。100ページを越える資料の中で唯一、私の目を引いたのは、対象者には当時親しくしていたアメリカ人の友人がいたことであった。彼はアメリカ市民であるため、彼を探し出すことは難しいことではない。また、不法滞在者である対象者が異国の地で彼の助けなしで生活しているとは考えにくく、何かを知っているに違いない。私はまず、この友人の所在調査から開始することにした。
調査を開始して2週間。この友人の両親の所在が分かった。依頼人のほとんどは調査を行っていることが分からないように作業を進めることを希望するので、今回もこの点については苦労したが、幸い、友人の所在地を確認することが出来た。さて、ここからが正念場である。彼は唯一の手掛かりであり、彼の協力が得られなければこの調査が暗礁に乗り上げてしまうことは明らかである。こういった場合、下手な細工は相手に不信感を与えるだけだ。特に今回は大義名分のある調査である。依頼人にもその旨を説明し、私はその友人に正直に今回の経緯を説明することにした。もちろん、相手が協力し易いようにうまく誘導することも大切である。
結果は予想通りだった。彼は渡米後の対象者について知っており、対象者が偽造グリーンカード(永住権)を使用したり、他人の名前を名乗ったりして、アメリカに不法滞在していたことが分かった。ただ、現在は付き合いはなく、対象者は5年前まである小さなドラッグストアーで店番をしていたとのことであった。不法滞在の身分で仕事を変えることは難しい。私はこのドラッグストアーを訪問。隠しカメラを付けて潜入してみることにした。
海外失踪による保険詐欺 ‐後編‐ 2006年02月15日
対象者が勤めていたというドラッグストアーはライトエイドなどの大手ではなく、個人経営の質素なものであった。私は朝早くに現地に到着。午前10時の開店を待った。午前10時を少し回った頃、女性が徒歩にて現れ、入口のシャッターを開ける。容姿をはっきりと確認することは出来ないが、アジア人のようだ。開店時の忙しさも一段落する頃、私は隠しカメラを付けて店内に入ってみた。他に客はおらず、入ってすぐのカウンターに例の女性が座っていた。「対象者に間違いない。」彼女の顔を見た私はすぐに直感した。対象者は元気がなく、疲れた様子であったが、間違いなく10年前の写真の人物であった。
栄養剤を買うふりをしながら、私は彼女に話しかけてみた。ある程度話が盛り上がってきたところで名前を聞いてみたが、どうもはっきりしない。自分の名前の代わりに店のオーナーの名前で押し切ろうとする。出身地や身の上話も一切避けようとしており、やはり普通ではない。適当な嘘をつけばいいようなものだが、それも心苦しいのだろう。
一通り彼女の容姿を撮影した後、私は店の前で張り込みを開始した。店は暇らしく、対象者は時折店を出て、通りで行き交う近隣の住民と話をしている。この様子も望遠レンズで撮影する。私は対象者と20分以上話をしていた男性を尾行し、この男性にさりげなく話しを聞いてみることにした。思った通りだった。この女性店員は「訳あり」であり、外部との接触に怯えているらしい。ただ、この男性にも出身地や本名を話していないようであった。その旨、保険会社に報告したところ、この女性店員の居住地も調べてほしいとのこと。私は元シェリフ(郡警察)の刑事であるパートナーのKを呼び出し、尾行の準備に取り掛かった。Kも一度店舗内で対象者を確認したのだが、10年前の写真の人物とは別人ではないかとしきりに首を傾げている。前回お話した通り、白人のKにとって、我々アジア人の顔を識別することはやはり難しいのである。
午後6時を少し過ぎた頃、対象者は一人で店の戸締りをし、住宅地の方向に向って歩き出した。そして、路上駐車してあった車両に乗り込み、ラッシュアワーで混雑するフリーウェイーに乗った。その後、郊外の住宅地で止まり、比較的立派な一軒家へ入った。ここが住居のようである。後で調べたところ、この家屋はドラッグストアーのオーナー名義であり、彼の協力のもと、対象者はアメリカにて不法滞在を続けていることが明らかになった。
さらに詰めの調査として、私は依頼人である保険会社に指紋採取を提案した。女性店員からは、例えば缶ジュースを持って店に入り、商品を手に取る際に邪魔になる振りをしてこの女性に缶を持たせ、指紋を採取する。そして、失踪した人物については、彼女が母国で愛読していた書籍などから指紋を採取。これらの指紋を照合することにより、失踪者と女性店員が同一人物であることを明確にすることが出来る。ちなみに紙のような多孔性の素材に付着した指紋は、十数年経ってからも採取することが出来る。櫛から採取された頭髪のマイトコンドリアDNAを用いて鑑定するという方法もある。しかしながら、こういった調査を民間レベルで行なうのはアメリカだけなのだろうか?依頼人である保険会社は「そんなサスペンスドラマみたいなことまでは」と腰が引けてしまい、これまでの情報だけで十分とのことで、ここで調査は終了することになった。
後で聞いた話では、これまでの情報だけで不正受給を食い止めることができたとのことである。
しかし、家族と別れ、異国の地で十年以上の身を潜めて生活するなど、いくら経済的な理由があるにせよ、とても理解し難い。とは言え、LAでは保険詐欺とはいかないまでも、中南米からの「不法単身赴任者」が増える一方であり、彼らも家族と離れて、何年間もアメリカで荒稼ぎをする。ただ、彼らラティーノはどんな場所でも生活を楽しむことを忘れず、今回の対象者のように悲壮感を漂わせることなど決してない。まさに国民性だろう。
児童誘拐 -アメリカの実態- 2006年02月21日
12歳の少女が20分位で戻ると母親に言い残し、ジョギングするために家を出た。しかし、彼女が戻ってくることはなく、数キロ離れた人気のない場所で遺体となって発見。遺体からは少女を拘束する際に出来たと思われる傷痕と性的暴力を受けた形跡が確認された。
これはアメリカにおける児童誘拐の典型例である。最近、日本でも子供に対する犯罪が増えているようであるが、何といってもこういった犯罪の本場はアメリカだ。しかしながら、あるデータによると、年間約80万人の子供達が行方不明になっており、うち5万8千人を超える子供達は家族以外の第三者によって誘拐されている。つまり、子供の行方不明というと身代金を目的とした第三者による誘拐のようなケースが多いように思われがちだが、実際は事故や迷子、家族自身による虐待などによることが圧倒的に多いということになる。
さて、この5万8千人に含まれている「誘拐」とは、本人の意思に反して子供が拘束されたり、移送されたりするケースを指す。例えばベビーシッターが給与の支払いを受けるまで子供を返さないようなケースであっても「誘拐」と扱われ、これは「広義の誘拐」といえる。一方、我々が「誘拐」と聞いて想像するような悪質なケース、面識がない者による強制的な身柄の拘束・移送については「狭義の誘拐」と呼ぶことができ、5万8千人のうち、毎年115人前後の子供達がこの種の誘拐の被害者になっている。年間約80万人の子供が行方不明になっていることを鑑みれば、純粋な意味での誘拐、「狭義の誘拐」による行方不明の割合がいかに少ないかが分かるが、100人を超える子供達が毎年、明確な意図を持った犯罪者達によって誘拐されているというのは無視出来ない事実だろう。ある統計によると、広義の誘拐における典型的な被害者像は15から17歳の黒人少女。南部地域において20から29歳の見知らぬ男性に連れ去られ、性的暴力を受けるというのが最も多いパターンだそうだ。予想に反し、広義の誘拐のうち、99%は子供が無傷で戻ってきている。これは、誘拐といっても、広義の誘拐の場合、顔見知りによって一時的に行動を共にすることを強いられるようなケースがほとんどだからだろう。但し、これをより悪質で犯罪性の高い狭義の誘拐に限定すると、被害者は12から14歳までの白人少女、被害者が殺害されるケースは40%となり、無傷で戻ってくるケースは57%にまで下がる。広義の誘拐と比べて特色が異なってくるのは興味深いことだが、どちらの場合も、身体的、性的暴力を受けることが多い点は共通している。
さて、以下の写真をご覧頂きたい。
これは「National Center for Missing & Exploited Children (NCMEC)」という非営利団体からの郵便物であり、アメリカではこういった葉書が毎日のように送られてくる。全米をカバーしているのかどうかは分からないが、私の住んでいるアパートだけでも百世帯以上あり、その全てに毎日のように送られてくるのだから、相当の経費が必要であろう。こういった団体を積極的に支援している政府、民間企業の姿勢には脱帽せざるを得ない。このサンプルについて注目すべきことは、5歳児の横に48歳の男性の捜索情報が掲載されていることである。誘拐は一般的に「Kidnapping」と呼ばれ、「Kid」がついているから被害者は子供だけであると勘違いされることが多いが、実は成人にも当てはまる用語である。また、アメリカではあちこちで捜索協力の写真を見かけることがあり、行方不明事件がこの国でいかに深刻な問題になっているかを物語っている。ちなみに以下の写真(写真2)は高速道路の休憩所で見かけたものである。子供の移送に車両が用いられることが多いからだろうか。フリーウェイの休憩所には必ずと言って良いほど、捜索協力の張り紙が張られている。こういった犯罪に関して日本がアメリカの後を追うようなことがないことを祈るばかりである。
日米依頼人事情 2006年03月12日
ある方からアメリカにおける人探しの依頼があった。調査は順調に進み、無事、対象者の現住所が判明。そして明らかになった住所を依頼人に報告したところ、どうもご不満の様子。そして、住んでいる住民の階層は?生活状況は?家族は?どんな地域なのか?こういったことをなぜ調べなかったのかと問い詰められてしまった。
また、こんなこともあった。ある人物の生活状況を調べるという調査。周辺に住む住民へ聞き込み調査を行った結果、それなりの情報が得られた。話をしてくれた近隣住民の人種、性別、容姿、およその年齢等と併記して、その旨を依頼人に報告したところ、なぜその近隣住民の家の写真を撮ってこなかったのかとお叱りの言葉を頂戴してしまった。
二つとも依頼人が日本人のケースである。日本の依頼人はとにかく見た目がもっともらしく、関連情報を多く織り混ぜた分量のあるレポートを好む。そして、調査員が誠心誠意仕事をしたかどうかを重視する。
一方、アメリカ人は依頼した調査項目に対して、きちんと結果が出ているかどうかを重視する。それ以上でも以下でもない。レポートの分量など気にも留めず、気を遣って本来の調査目的以外まで踏み込んだりすれば、なぜ余計なことをしたかと逆に怒られてしまう。
この辺りが日本からの依頼でアメリカにおいて調査を行う場合の難しいところである。米国探偵の視点から言えば、最初の例では「調査目的は対象者の現住所を見つけること。それ以外にその地域の様子などの情報を提供することは別途の調査項目となる」、二つ目の例では「調査目的は対象者の生活状況を確認すること。近隣住民からの証言はきちんと記録してあり、彼らの家の写真を撮る必要はない。こそこそした行動を取れば不信感をあおり、余計なリスクを増やすだけだ」となる。つまり、依頼人の指示した項目のみを忠実に調査し、その結果を余計な飾りをつけずに報告する、余計なことをして、本来の調査目的にマイナスの影響を与えるリスクを負う必要はない、というのが、こちらのスタイルなのである。特にこのリスクという点は大事である。我々が何か情報を提供する場合、それはライセンスという信用の下になされるのであり、万が一、その情報に誤りがあった場合、例え本来の調査目的と直接関係しない付随情報であっても、それは我々の責任問題へ発展する。下手にサービス精神を出して不必要な調査を行うことが、結果として本来の調査目的を達成するのに悪影響を与えることもある。従って、依頼人から指示された必要最低限の結果以外は出来るだけ出したくないし、余計なことはしたくないという本音が我々にはある。これは自己防衛のためだけではなく、依頼人を守るためでもある。何かあった場合、最終的に被害を受けるのは依頼人だからである。
これは完全に考え方の違いである。日本人は結果はもちろんだが、頑張って仕事をしたかどうか、つまり過程を重視する。一生懸命やってくれて、頼んでいないことまでやってくれたのなら、多少結果に問題があっても良しとしようとなる。だから、参考情報で埋め尽くされたレポートでも、分量があれば満足して頂くことが出来る。調査員の努力が見えるからだ。アメリカ人はもっとビジネスライクである。欲しい情報はこれ、それを入手するために支払うのはいくら、重要なこと過程や努力ではなく結果、となる。
悪く言えば、依頼人が日本人である場合はごまかしが効く。たとえ結果が出なくても、それ以外の関連情報でもっともらしいレポートを作ることが出来るからだ。アメリカ人ではそうはいかない。肝心の情報が入手されていなければ、その他の飾りが散りばめられていても、調査費用を払った価値はないとくるからである。
どちらが良いとか悪いということはない。まさに考え方の違いだろう。
PIと警察官 2006年03月30日
地方自治制度が確立しているアメリカでは、州ごとに私立探偵(Private Investigator)ライセンスが発行されている。そして、警察に近い業務を行うアメリカのPIには、警察出身者が非常に多い。ニューヨークのPIのうち、80%以上は元警察官だと聞いたことがある。補助警察官やボランティアとして警察に協力している者も多く、何らかの形で警察に関わっているPIはかなりの数になるだろう。このように警察とPIは密接に関連しているため、現役中から副業としてPIビジネスを行っている警察官が多いのも事実だ。しかしながら、業務の内容が似ているため、こういった兼業PI(警察官)に関連したトラブルが起こることも少なくない。警察官として入手した情報を副業であるPIビジネスに流用してしまうようなケースや、同じ事件に公務執行官とPI、二つの立場として関わってしまうようなケースである。このため、警察機関によっては自身の組織で働くオフィサーに対し、副業としてのPIビジネスを禁止するところもある。ボストン市警などは現役オフィサーが保険調査員や賞金稼ぎ、弁護士としても働くことを禁止しているし、ニューヨーク市警などは民事調査に限って副業を認めている。元々、ロスアンジェルス市警は副業としてのPIビジネスを無条件で認めている組織であった。しかしながら、「ハリウッド御用達のPI」として有名なぺリカーノ氏の事件をきっかけに、事態は変わりつつある。お騒がせPIのぺリカーノ氏は違法盗聴に関わって有罪となった人物であるが、今度はPIを副業としているロス市警の警察官と共謀して警察機関の内部情報を入手し、それを私的に使用したということで、再度逮捕されたのである。知人の現役オフィサーによると、これを機にロス市警は現役の警察官にPIとして働くことを禁止するようになってしまったらしい。カリフォルニア州でPIのライセンス試験を受けるには、ライセンス者または警察機関における3年以上かつ6000時間以上の職務経験(調査関連のみ)を給与明細等と併せて証明する必要があるのだが、ロス市警では一切、こういった書類の発行やサインを拒むようになってしまったのである。併せて、PIライセンスを発行しているカリフォルニア州政府もPIの倫理向上に乗り出し、ライセンスがないにも関わらず調査ビジネスを行っている者を積極的に取り締まり出した。これには日本を含む外国の調査会社も含まれ、英語以外の言語で宣伝を行い、「LA支部」などと称して無許可で調査ビジネスを行っているような悪質なケースも対象となっている。それに加え、PIの資格試験の難易度をさらに高め、質を向上させていこうという動きもある。確かに、現役の警察官がPIとして働く場合、いわゆる「利害の衝突」の問題は避けて通れないだろう。ただ、我々PIは法律で利害が相反する者からの依頼を受けてはならないことになっており、これは民間団体の倫理規定とは異なり、州法として強制力を持つ。また、警察内部の情報は、自身が警察官ではなくても入手することは可能であり、警察官に副業としてのPIビジネスを禁止することは、個人的には検討の余地があると考えている。唯一同意出来る点は、もぐりの調査会社の取り締まりである。これについては私のところに苦情が寄せられることもあり、今後も当局をサポートしていきたい。
移民法改正と医療不正 2006年04月16日
先日、ロスアンジェルスで移民法改正(4337法案)を巡り、大きなデモがあったことは、日本でも報道されたかもしれない。このトピックは今、アメリカで大きな議論となっており、CNNをはじめ、各メディアでも論争が繰り広げられている。今回のデモに関しては、私も警備側のサポートとして間近で見ていたが、確かに凄かった。発表では20万人以上が参加したとのことだが、実際はそれを上回る数だったように思う。3月25日の土曜日だけではなく、27日、28日にも高校生が無許可で市庁舎前に集まり、再びデモを繰り広げた。驚いたのは、高校生によるデモの際である。デモの中心部を見に行ったところ、どうも警察官の数が少ない。やはり相手が未成年だと警察も動きづらいのかと思って引き返そうとしたところ、ふっとした拍子で目に入ったビルの影に大勢の機動隊が待機して、少しぞっとした。何かあったらすぐに出ていけるよう、彼らは見えないところで待機していたのである。ただ、今回のデモを見ていると、目に付くのはメキシコの国旗だけであり、違法移民のためというより、メキシコ人のためのデモであるような印象は拭えない。特に今回の改正案では、違法移民を助けた者についても罰則が課される規定が盛り込まれており、芋づる式に家族をアメリカに呼び寄せたり、ステイタス(滞在許可上の法的地位)が安定するまで違法滞在している家族をかくまっていることの多いメキシコ人にとっては、この法案は黙っていられない問題なのである。
併せて、今回の法案は違法移民達の医療問題にも関ってくるものである。アメリカでは、緊急の場合、患者がホームレスであろうと違法移民であろうと、例え治療費を回収出来なくても、病院側は治療を施さなければならないというきまりがある。つまり、公立病院であれば納税者が不法滞在者達の医療費を負担し、私立病院であれば一般患者が負担するということになる。これではアメリカ市民や合法的に滞在している外国人が面白くないと思うのは当然だろう。但し、これはあくまでも事故などの緊急の場合である。ただの風邪などでは、もちろん、この規定は適用されない。
さらに許せないことは、社会的弱者を守るためのアメリカのこういった制度を悪用し、それをビジネスにしている輩がいることである。ある第三諸国では、症状の著しく悪い患者だけを対象に「治療ツアー」を斡旋している。緊急と認定されるような患者だけを集め、あの手この手でアメリカに入国させ、治療費を支払わなくても良いことを知りつつ、患者を病院に送り込むのである。病院側では診察を拒むことは出来ず、患者達は無料で最先端の治療を受けることが出来るというものだ。医療費が高いアメリカでは、それが原因で破産する人達もたくさんいるというのに、全くひどい話である。
結局、こういった一部の利己的な者のために、その他の善良な者が被害を受ける。どこにでも起こりうるこの図式は何とかならないものだろうか。
銃という道具 2006年04月20日
ロス市警のアカデミーで射撃シュミレーションのトレーニングを受けてきた。オリンピックの射撃競技などと異なり、射撃場以外で銃を使用する際には瞬時に状況を把握し、自身の行為が正当化されるかどうかを判断しなければならない。引き金を引くということは相手を殺すということである。よく映画などで足を狙ったり、日本の警察のように威嚇射撃のようなものを見ることがあるが、こちらではそういった教育はされない。銃を抜く状況というのは、自分の身に相当の危害が及ぶ場合であり、一旦銃を向けた以上、相手を的確に撃ち殺すことが求められる。下手に致命傷を与えないようにしたりすれば、後で相手側の弁護士から銃の取り扱いが未熟だとか、知識が浅いなどど追求されることになる。逆に言えば、銃を向けられるということは自分が殺されることを意味するため、銃を向けられた側は相手に対していかなる反撃も許されることになる。従って、こちらでは冗談でも、例えおもちゃの鉄砲であっても、人に銃を向けるようなことはしない。自分が殺されても文句が言えないことになるからである。ちなみに、以前は胴体を狙うようなカリキュラムになっていたが、現在は確実に相手を倒せる方法、顔の中心部に弾丸を撃ち込むように教え込まれる。口径にもよるが、胴体を撃たれただけでは人はまだ動くことができ、反撃の機会を与えることになってしまうそうだ。
さて、実際の射撃シュミレーションは以下のようなものである。
簡単に言えばゲームセンターの射撃ゲームのようなものだが、なんと5万ドル(約590万円)もするらしい。様々なシチュエーションが用意されていて、例えば銀行強盗という設定で突然人質が飛び出してきたりして、訓練生は各状況に応じて、犯人だけを的確に打ち倒すことが求められる。一通り終わったら、同じ状況が再生され、教官がポイントを説明していく。そして、最後には訓練生の射撃が正当化されたかどうか(Justify Your Action)が画面に表示されることになる。張り詰めた雰囲気で行われると思いきや、比較的和んだ様子でトレーニングは行われ、お尻や男性の急所に弾が当たったときは笑いが起きたりもしていた。写真のものは家庭内暴力という設定で、ベッドの上で夫が妻を激しく殴っているところに警官が駆けつけるというものである。この時には訓練生が手間取り、妻が殴られるシーンが続いたため、訓練生からは「早く撃ち殺せ!撃ち殺せ!」という声が上がっていた。
今回は物騒なトピックになってしまったが、あえて「殺す」という言葉を使った。威嚇射撃、戦意喪失など、銃に関する誤った認識についてご理解頂きたかったからである。銃は人を殺す道具であり、そうせざるを得ない状況でのみ、その使用が許される。アメリカでは好む好まざるに関わらず、銃の存在を無視して生活することは出来ない。特にここロスアンジェルスではなおさらである。
フィッシング詐欺 2006年05月07日
アメリカではフィッシング詐欺による被害が深刻だ。フィッシング詐欺とは、銀行やクレジットカード会社を装ったメールを送りつけ、偽のサイトへ導いてアカウントIDとパスワードを入力させ、それを悪用しようとするものである。これもID窃盗の一種ということができよう。アメリカではフィッシング詐欺に関連した被害は年間20億ドル以上と言われており、5,700万人が何らかのフィッシングメールを受け取っている。うち、罠にかかるのは5%という統計が出ている。私の会社の代表アドレスにも毎日のようにフィッシング詐欺らしきメールが送られきており、中でもeBayやPayPal、Chase銀行のものが目に付く。実際、これらのアカウントを持っていない人も大勢いるわけだし、犯罪者達はそれを承知で無差別に大量のメールを送り付けるのだから、5%の成功率というのはかなり高い数字といえよう。DMでこれだけの反応があればすごいことである。また、現状では日本よりアメリカのほうがフィッシング被害が多いらしいが、これは単純にこちらではネットによる電子決済が普及しているからであろう。電気、水道代といった公共サービスや交通違反の罰金ですら、クレジットカードを使ったネット支払いが可能な国である。さて、高い成功率の裏には、被害者を信じさせるに足りるもっともらしいサイトとその口実がある。以前よく使われていたものは「第三者が複数の場所からあなたのアカウントにアクセスしようとしており、これに関して調査を行う必要があります。つきましては、確認のためにあなた自身のアカウントへアクセスして下さい」というもの。以下のChase銀行の例をご覧頂きたい。
そして、ログインするためのリンク先が記載されているが、表示されているアドレスとは異なり、実際はChase銀行とは全く無関係の犯罪者達が管理するサイトへ飛ぶように設定されている。送信元のメールアドレス security@chase.com はもちろん偽装である。偽装メールの設定方法などは、市販のハッキング本などで当たり前のように紹介されている。
一般的には、こういった表示されているアドレスと実際のリンク先が違う、URLが不自然、SSLに対応していないことなどが、危険サイトを示すサインとされている。また、偽サイトの場合、デタラメなユーザーIDとパスワードを入力しても先に進めてしまうということもフィッシング詐欺の兆候とされているが、一概にそうとも言えないようだ。例えば、以下の偽eBayメール。
eBayメンバーからの問い合わせに関して回答を促すような内容で、リンク先へ飛んでユーザーIDとパスワードの入力が求めるものであるが、このページは本物のeBayサイトと繋がっており、デタラメなユーザーIDやパスワードを入力しても「入力した情報は間違っています」というエラーメッセージが出てしまう。また、どういうわけかSSLの表示もあり、証明書の確認すら行うことが出来る。非常によく出来ているが、これも偽サイトらしい(本物のeBayに照会済)。ある記事によると、URL やSSLの表示すら、偽装することが出来るそうである。こうなると一体何が本物で何が偽物か分からなくなるが、とりあえず、こういった不審なメールからのリンク先は無視し、必要であれば送信元とされるところへ電話して、確認するしかないのかもしれない。但し、その際使用する電話番号は別途入手する必要がある。間違っても、偽サイトに記載された番号に電話しないよう、ご注意されたい。
証拠の役割 2006年05月31日
フォレンジックというとなぜか日本では会計やコンピューター関連の分野で使われることが多いようだが、本来、フォレンジックとは、科学的なアプローチを司法制度に活用していくことを指すものであり、伝統的には指紋や靴跡、毛髪、最近ではDNAなどの証拠分析などが行われてきた。「コンピューターフォレンジック」などどという用語は、そういったコンセプトをベースにして、あとから作られたものである。さて、フォレンジックの基本的な理論として、Class Characteristics (集団の特徴)、Individual Characteristics(個々の特徴)というものがあるが、これは捜査における証拠の役割を理解するのに重要なことなので、今回はこれについて触れてみたい。
犯罪現場に犯人のものと思われる靴跡が残されていたとしよう。そして、それは12インチ、ナイキ製のあるエアーマックスという種類の靴であったとする。ちなみに、FBIをはじめ、各犯罪科学研究所には膨大な量の靴底サンプルが保管されており、そのデータは常に更新されているので、靴の種類を特定することは難しいことではない。同じ種類の靴底は全て同じデザインとなっているから、12インチのエアーマックスを履いている者という犯人像が浮かび上がる。もちろん、12インチのエアーマックスを履いている者は大勢いる。ポイントは、靴跡によって犯人像を不特定多数(極端に言えば世界中の全人類)から特定のグループ(12インチのエアーマックスを履いている者)に絞り込むことが出来ることである。このように、あるグループに共通する特徴をClass Characteristicsという。たとえ警察機関であっても、捜査につぎ込める財源や人力は限られている。民間レベルの調査であればなおさらだ。従って捜査の初期段階でその方向性を的確に見極めることが大切であり、証拠におけるClass Characteristicsはこういった捜査の初期段階で力を発揮する。その後、このグループの中から特定の犯人を選び出す作業を行う。具体的には、たくさんある12インチのエアーマックスの中から、犯罪現場に靴跡を残した靴そのものを特定することになる。同じ12インチのエアーマックスでも、靴底のデザインを細かく分析してみると、それぞれに固有の僅かな違いを確認することが出来る。それは石を踏んだ時についたへこみであったり、独特な歩き方によって生じた靴底の変化であったり、靴工場で突然変異的に生じたキズであったりする。こういったマークが複数の同じサイズのエアーマックスに見られ、しかもそれが犯罪現場において偶然発見される確率は非常に低い。このように、個々に特有の特徴をIndividual Characteristicsといい、これが犯人特定の決め手となる。余談だが、靴跡から犯人が走っていたか、重いものを持っていたかというところまで推測することも出来る。
「疑わしきは罰せず」という原則があるが、Class Characteristicsが示す程度の裏づけであれば、容疑者の罪を確定させることは出来ない。別の例でいえば、犯人の血液型がA型(Class Characteristics)だからといって、A型の人全てを犯人扱い出来ないだろう。犯人を特定するには、DNA分析(Individual Characteristics)まで行う必要がある。人に刑罰を与える(個人の自由を奪う)には「犯人はこの人物以外あり得ない」というレベルの確証が求められ、それにはIndividual Characteristicsまで求められるのである。
では、フォレンジックは科学に基づいているから完璧か?証拠は嘘をつかないか?実はそうではない。これについてはまたの機会にお話したい。
FBIの新たな試み 2006年06月21日
5月31日付けのUSA TODAY 紙によると、FBIが犯罪捜査に使用しているDNAデータベースを行方不明者捜索にも役立てようとしているとのことである。このデータベースについては以前に触れたことがあるが、おそらくCODIS(Combined DNA Index System)のことであろう。日本でも最近、DNA鑑定による事件解決が見られるようになってきたが、FBIのDNAデータベースは着実にそのデータ量を増やしている。2001年6月現在、犯罪者のDNA情報が600,000、犯罪現場から採取したサンプルDNAが26,000であったのに対し、今年の4月時点ではそれぞれ3,000,000、135,000へ増加している。併せて、データの合致が確認されたケース(犯罪者が特定されたケース)も19,000件から33,000件へ増えており、DNAデータベースの貢献度は高まるばかりである。一方、身元不明の遺体は全米で40,000以上見つかっているが、データベースに記録されている行方不明者のDNA情報は僅か2,000に留まるとのこと。FBIは行方不明者のDNA情報をさらに集めることにより、遺体の身元確認に役立てたいと考えているようだ。データベースを利用するという点では異なるが、実はDNA鑑定による身元特定は以前から行われていた。例えばニューヨークの同時テロ。傷んだ遺体の身元を確認するためにDNA鑑定が用いられ、当時、これに駆り出された私の学生時代の教授達も大忙しだったそうだ。
「DNA鑑定」などと聞くと、何か恐いものなしの万能武器のように思われがちだが、大前提となる条件がある。それは鑑定対象となる二つのサンプルの存在が不可欠ということである。犯人に前科がなくてDNA情報が記録されていなければ、犯罪現場に何も残されていなければ、身元不明の遺体が発見されなければ、そして、行方不明者のDNA情報が採取されていなければ、DNA鑑定など何の役にも立たない。比較する二つのサンプルがあってこそ、DNA鑑定を含むフォレンジックは威力を発揮する。前回のコラムとも関連するが、このような理由により、DNA鑑定のようなつめの作業を実施できる段階までにケースを引き上げること、言い換えれば比較するサンプルを入手するまでの作業が重要なのである。
DNAデータベースを行方不明者捜索に活用するのであれば、当然、行方不明者自身のDNA情報が必要となるが、所在が分からない者のDNAを採取することなど出来るのかとお考えの方もいらっしゃるだろう。これについては通常、櫛に残されている頭髪の毛根、歯ブラシに付着している口内細胞などからDNAを採取することになる。日本でも子供の安全対策が取り沙汰されている。近い将来、万が一のために親が子供のDNAを採取しておくことになるなどと言われることがあるが、私はこれについては疑問である。DNA鑑定によってしか身元が判明しない場合というのは、人が話すことが出来ない状態、つまり死亡している場合である。自分の子供の死亡を確認するために、わざわざ前もって子供のDNAを採取しておこうと考える親などいるだろうか?
IDとしての運転免許証及び偽造対策 2006年06月22日
日本でもそうだろうが、アメリカでもことあるごとにIDの提示が求められ、通常こういった場合、運転免許証が用いられることになる。銀行で多額の現金を引き出す際やクレジットカードで買い物をする際、ホテルにチェックインする際、酒類やタバコを購入する際など、様々な状況で免許証が必要となり、それが法的に義務付けられていることも多い。アメリカでは当局による覆面捜査(アンダーカバー)が盛んであり、顧客のふりをした若手の警察官が定期的に酒店に出向き、IDの提示を求めないで酒類を販売している店舗を取り締まったりしているため、店側もかなり厳格に免許証の提示を求めてくる。一方、当局も運転免許証が一般社会でIDとして使われることを理解している。免許証の裏には磁気コードが付けられており、銀行や店舗などが顧客の身分を確認しやすい仕掛けも施されている。
このように、日常生活においては運転免許証が身元特定としての役割を果たすことが多いため、当然ながら相当の偽造対策が施されている。運転免許証は銀行口座開設、クレジットカード発行、銃器の購入などの際にも使われるため、犯罪を防ぐためにも運転免許証が簡単に偽造されてしまっては困るのである。以下、カリフォルニアと日本の免許証を見比べて頂きたい。
一見して分かることは、背景の模様である。日本のものは白無地であるが、カリフォルニアのものは円状の模様とシール、マークが複雑に絡み合っており、しかもそれが大小二枚の写真にかかっている。また、ぱっと見た感じでは分からない細工が二箇所ある。まず、左右上部のDMVという文字。DMVとはDepartment of Motor Vehicles(自動車局)のことであるが、この文字の最上段はさらに小さなCALIFORNIAという文字で構成されている。偽造対策のためのこういった手法はACFEのマニュアルにも紹介されているが、これはまさにその技術である。
さらに、二つの免許証にブラックライトを当てると、何の変化もない日本の運転免許証と違い、カリフォリニアの免許証では州のマークが浮かび上がり、これによっても偽造を見破ることが出来る。
もちろん、こういったハードルを全てクリアーした偽造免許証を作成することは不可能ではないが、ポイントはリスクを軽減出来ることである。犯罪者達の考えることはビジネスマンと同じである。偽造にかける労力と費用、そして発覚の危険性を期待される見返りと比較して、前者が後者を上回った場合には犯罪に手を染めるようなことはしない。精巧な偽造対策とはこの前者の部分を増大させるためのものだ。偽造をゼロにすることではなく、ゼロに限りなく近づけることを目的としているのである。これについては別の機会に触れたいと思う。
犯罪行為と良心の呵責 −幼少期の環境− 2006年07月31日
先日、ラスベガスで行われたACFE(公認不正検査士協会)の第17回年次総会に参加した。そこで今回から3回に分けて、これに絡めて感じたことを書いてみたいと思う。
総会の中で、過去に不正行為で有罪判決を受け、服役した経験を持つJerome Mayne氏の講演があったが、彼の話で興味を引いたのはその心の描写であった。彼は自身の行為が犯罪であることを認識していた。そしてそれを打ち消すかのように、心の中で懸命にその行為を正当化しようとした。「自分は書類を偽造したわけではない」、「他人に代わってサインをしたわけではない」、こういったことを自分に言い聞かせ続けたのである。
そして、そうしたMayne氏の心の葛藤を組織犯罪のセミナー(講師:Jeff Sallet氏)で聞いたマフィアの行動と結びつけて考えてみた。現役FBI捜査官であるSallet氏によると、一般人が人を殺す場合、大体は顔をしかめて興奮気味になるそうだが、マフィア連中は「やあ、調子はどうだい?」と笑顔で話掛けながら、平然と殺すことが出来るそうである。良心の呵責と戦いながらも、結局は一線を越えてしまったMayne氏と、微笑みながら人を殺すことが出来るマフィア。不正と殺人、犯罪の種類は大きく異なるが、罪を犯す者の側の心理としてのこの違いは何だろうか?以前、コラムで嘘をつくときの心の葛藤について触れたことがある。この葛藤は、一般の人は幼少の頃から嘘をつくことはいけないことだと言われて育つということに起因すると述べたが、今回の例でいえば、Mayne氏はまさにここでいうところの「一般人」だということが出来よう。彼は我々と同じように、「悪いことをしてはいけません」と言われて育ってきたに違いない。だからこそ、犯罪者としての自分を受け入れることが出来ず、様々な口実を作り出すことによって、そういった考えを打ち消そうと必死になったのである。一方、マフィア連中はどうだろうか?彼らは不正どころか、人を殺したところで何の罪悪感も感じることもない。従って、自身の犯罪行為を正当化するための言い訳を考える必要もない。マフィアの多くは家族にマフィアのメンバーがいたり、治安の悪い環境で生まれ育ったりすることが多いそうである。そういった環境では幼少期に「悪いことをしてはいけません」などどいう躾を受けることなどないだろう。だから、彼らは犯罪に対して何の呵責もないのだ。人は生まれながらに犯罪者になる要素を持っているのか?あるいは、生活環境によって人は犯罪者とも善良な市民ともなりえるのか?この辺りについてはACFEマニュアルでも議論されているし、膨大な文献を見ることが出来るが、少なくとも、犯罪を犯した際の罪悪感という点では、育った環境が大きく影響しているような気がする。人によって犯罪に対する罪悪感が違うのであれば、当然、対策という観点から見た場合、罪悪感に訴えて犯罪を防止しようというアプローチが機能しないこともあることになり、社内における不正対策においては、個々の従業員の生い立ちとまでいかなくても、典型的な従業員像とか、そこまで考慮に入れた上で策を講じなければいけないのかもしれない。そんなことを感じた。
Chain of Custody(管理の認証) 2006年08月08日
今回もACFEカンファレンスを切り口として、その内容というよりもコラム的な要素に焦点を当てて書かせて頂きたいと思う。
Bruce Adams Dean氏による「企業犯罪の現場(Business Crime Scene):ここはハリウッドではない」において、Chain of Custodyは全体のごく一部として触れられたが、Chain of Custodyは刑事司法制度において非常に大事なことであり、「Crime Scene」を謳う以上、Dean氏はこれについてもっと時間を割くべきであったと思う。そこで、今回はこのChain of Custodyについて考えてみたい。
「Chain of Custody」または日本語で「管理の認証」などどいうと、何かとても難しいことのように聞こえるが、要は証拠を入手してから裁判所で提示されるまで、その保管状況をきちんと管理・記録しておなかければならないということである。証拠がいつどこで採取されて、その後どのような経緯を経てどこで保管されたのか。保管場所が変わった場合にはいつどこで誰が引き継ぎを行ったのか。こういったことをきちんと記録しておかなければいけないということである。この背景にはContaminationの回避という概念がある。Contaminationは「汚濁」などと直訳されるが、つまりは証拠に異物が混同されてはいけないということだ。以前のコラムでも触れたように、我々の刑事司法制度には「疑わしきは罰せず」という原則がある。これは1%でも容疑者が犯人ではない可能性があれば、その容疑者に有罪判決を言い渡すことは出来ないということである。但し、ご存知の通り、これはイコール「無実」ではない。例えば少女がレイプされて殺されたとしよう。そして、少女の遺体に犯人のものと思われる唾液が残されていたとする。当然、捜査官によってその唾液は採取されて保管されることになるが、もしその証拠が捜査官の机の上に無造作に置かれていた期間があったりすれば、被告側の弁護士は待ってましたとばかりに目を輝かせ、証拠が机の上にあった際に何者かが被告人の唾液を混入したに違いないと主張してくる。実際、そのようなことはあり得るはずもないが、そこは弁護士。もっともらしく議論を展開し、陪審員を納得させてしまう。陪審員とて、被告人が犯人でない可能性が少しでもあれば、有罪評決をためらってしまう。このような理由により、各警察機関の証拠保管場所は必ずとってよいほど、厳重な鍵がかけられている。これは紛失対策というより、こういった相手側弁護士の主張に対抗するためのパフォーマンス的な要素が強い。併せて、現場保存ということも大切である。犯罪現場には犯人を導く証拠が残されている。先程の例でいえば、犯行後、少女の遺体を含む犯罪現場を保存せずに、言い換えれば遺体へのアクセスを制限せずに、こんな所に置かれていては可哀想だと遺体を勝手に移動させたりすれば、遺体の移動を手伝った者の唾液や毛髪が遺体に付着する可能性が否定出来なくなり、後に犯人を特定することが困難になるのである。
こういった基本ルールが遵守されずに破壊されたケースがいかに多いことか。日本でも有名な事件としては、証拠の管理がずさんに行われたOJのケースや適切な現場保存がなされなかったジョンべネのケースが挙げられる。前者の例では捜査官が証拠をポケットに入れて持ち歩いていたシーンがメディアによって映し出され、後者の例では遺体が移動されてしまっただけでなく、大勢の関係者を犯罪現場に入れてしまったりした。いずれのケースも犯人が誰かは皆が知っている。ただ、証拠の取り扱いを軽視した警察機関の不適切な対応により、容疑者以外の者が犯人となりうる僅かな可能性が生み出され、それが「疑わしきは罰せず」の原則と結びつくことによって、これら二つのケースを未解決事件としてしまったのである。OJは堂々とゴルフに出掛け、何の罪もなく幼くして殺されたジョンべネの無念が晴らされることも永遠になさそうだ。人為ミスによって解決に至らなかったこういった事件の被害者を思うと本当に胸が痛くなる。
スピード違反 2006年08月22日
ACFEのカンファレンスでは不正対策に限定されず、幅広いトピックの知識を得ることが出来た。犯罪捜査に関わる者としても、一般探偵業務を行う者としても、そしてリスクマネージメントに携わる者としても、今回のカンファレンスは非常に有意義だったと思う。ただ、情けないことにラスベガスからLAへの帰宅途中、ネバダハイウェイパトロールにスピード違反のチケットを切られるというおまけまでついてしまった。もちろん、初めての経験である。ルート15を南に向かって走っていたのだが、確かに周りの車両がやけにゆっくり走っていることが気になっていた。そこで気付けば良かったのだが、そこはアメリカ最大の自動車都市、ロスアンジェルスに住む者である。調子に乗って遅い車をどんどん追い抜いていたら、どこからともなくいきなりライトを点滅させたパトカーが現れ、私の背後にぴったりとついた。スピード違反をしていることに全く気付いていなかった私は、車両登録も問題ないし、シートベルトもしているし、何があったのかと怪訝に思いつつ、とにかく停止した。オフィサーが車から降りて近づいてきたが、この瞬間は彼にとっても最も緊張する瞬間である。車をストップさせて運転手に話しかける際、突然撃たれたて死亡した警察官が何人いることか。まだ新人なのかもしれない。ミラーで見ていると、若いオフィサーは真剣な表情で銃に手をかけながら歩いてきた。こういった場合、こちらが危険ではないことを示すために両手を見えるようにハンドルに置き、素直に待機することが大事である。もう一つの鉄則はオフィサーと話す時は必ず「Sir」を付けること。なぜか、彼らは「Sir」呼ばれることを好む。もちろん、これはオフィサーが男性の場合である。私はアメリカに来たばかりの頃、ニューヨークで女性の警察官に「Excuse me, SIR!」と話しかけてしまい、大変なことになった苦い思い出がある。
さて、私の対応にオフィサーも多少安心したらしく、70マイル制限のところを私は90マイル(144キロ)で走っていたと静かに告げた。制止させられる直前は70マイルで走っていたことを覚えていたので、どこでそんなスピードを出してるところを見たのかと聞いてみたところ、「あなたの見えないところですよ」と誇らしげに答えてきた。そんな状況の私をどんどんと追い抜いていく他の車両。それは紛れもなく私が追い抜いてきた車であり、オフィサーと話している私を横目にさぞ笑っていたに違いない。
充実した日程をこなして意気揚々となっていたのか、全くお恥ずかしい話である。
ジョンベネ事件の新展開 2006年09月06日
ほとぼりが冷めたかに思われていたジョンべネ事件が、カー氏の登場により、再び脚光を浴びている。CNNによると、カー氏はアメリカに向かう際にビジネスクラスを使い、飛行機に搭乗する前も機内でも手錠をかけられることなく、「Free to Leave」、つまり、自由に行動出来る状態だったそうである。その延長として、当局はカー氏が好きにしゃべることも妨げず、あくまでも「自身の意思による自発的な同行」ということを印象付けていた。そして、刑事弁護士協会の代表によると、それは後に法廷で争う際に、身柄を拘束していたのではないということをアピールするためのものとのことである。裁判所の判例によると、容疑者が「Free to Leave」の状態であったかどうかというのは、総合的な状況によって判断される。例えば、いつでも立ち去ることが出来る道端で、手錠を掛けられることなく話をするような状況であっても、バッジと銃を身につけたいかつい警察官に容疑者が囲まれているような場合には、それは「Free to Leave」の状態ではないと判断されるのである。この「Free to Leave」については不正検査マニュアルでも触れられている通り、非常に重要な概念である。マニュアルではインタビューの際の机や椅子の位置や、ドアの状態などに気を配ることが大切であると説明されているが、これはまさにカー氏のケースと同じことだ。ドアに鍵をかけ、ドアと反対側に机をはさむ形で容疑者を座らせたりすれば、例え簡単に部屋を出ることが出来るような状態であったとしても、それは容疑者にとって「Free to Leave」の状態ではなかったと判断され、後にその供述にチャレンジするための材料となってしまう可能性があるのである。以下の写真をご覧頂きたい。

カー氏の両脇に座っているのは国土安全保障省の捜査官とのことだが、捜査官らしからぬカジュアルな服装、威圧感のない表情、もちろん、バッジや銃などは身に付けず、これらは全て「Free to Leave」を演出するためのものだろう。たまたま居合わせた旅行者といっても通じるような雰囲気であり、これはカー氏の言動はプレッシャーが与えられた状態でのものではないということを意識してのことなのである。我々PIは時として容疑者を拘束しなければならないこともあるが、この「Free to Leave」についてはいつも神経を尖らせている。身柄を拘束出来るのはどのような状況か?これには重犯罪の場合、軽犯罪の場合、PI自身が犯罪の実行現場に居合わせた場合、相手が武装している場合等々、状況によって大きく異なり、それらを瞬時に判断しなければならない。これは警察官にとっても同じである。ただ、今回のカー氏の取り扱いについては、国境をまたいでいるということもあるのだろうが、ガサツな対応が目に付くアメリカの法執行機関にしては珍しく慎重な行動であり、ジョンベネ事件の注目度の高さを改めて感じた。
離婚証明書 2006年09月29日
あるイタリア在住の日本人女性より連絡があり、現地で付き合っている男性について調べてほしいという依頼があった。その男性は以前に結婚していたことがあるらしいが、子供もおらず、既に離婚して前妻とは完全に切れているとのこと。依頼人によると男性は誠実で、前妻との離婚証明書も見せてくれているので問題はないと信じているとのことだが、女の勘だろうか。依頼人は男性の言動にどこか不信感を抱き、私に相談をしてきたというわけである。私は早速現地の調査員にコンタクトを取り、調査を開始した。そして対象者は自分でビジネスを行っており、仕事については依頼人に話していることに矛盾点はないことが分かった。住所、その他に関しても間違いはない。犯罪歴や詐欺などの訴訟歴、破産歴も確認されなかった。ただ、前妻について調べてみたところ、対象者との間に息子がいることが分かり、また、共同名義の物件が存在することも判明した。さらに対象者の会社について調べてみたところ、役員として前妻の名前が記録されていた。とても二人の関係に距離があるようには思えなかったため、私は対象者が依頼人 に見せたという離婚証明書のコピーを手に入れ、それを調べてみることにした。いわゆる「Question Document」である。このケースではインクの分析や筆跡鑑定といった手の込んだ作業を行うまでもなく、すぐに結論は出た。女性裁判官にコピーを見せたところ、そのような離婚証明の書式は存在せず、異なった二つの書類を繋ぎあわせた偽造文書であることが明らかになったのである。これは公文書偽造であり、立派は犯罪である。特にこの裁判官は女性であったため、女性の心を弄ぶような行為は断固として許さない憤慨し、捜査機関に連絡すると言い出してしまった。これには私達も困ってしまった。こちらとしては依頼人の意向を優先しなければならないし、女性裁判官からすれば公文書偽造は親告罪ではないため、犯罪行為を知ってしまった以上、放っておくわけにもいかない。案の定、依頼人は男性を訴えるとか、ことを大きくするようなことは望んでおらず、静かに心の整理をしたいだけのようであった。そこで、調査員もそういった依頼人の「女心」を女性裁判官に訴え、何とか刑事事件になるのを食い止めることが出来た。
同じようなケースはメキシコでもあった。日本人女性と付き合っていたアメリカ在住のメキシコ出身の男性が、彼女に母国での離婚証明書を見せて信用させていたところ、それが全くの偽造だったというものである。万国共通、既婚男性が女性を騙すための手段は同じなのだろうか。付き合っている男性が頼みもしないのに前妻との離婚証明書を見せてきたら・・・要注意なのかもしれない。
逮捕された賞金稼ぎ−前編− 2006年10月05日
通称“ドッグ”と呼ばれるバウンティーハンター(逃亡者追跡をビジネスとして行っている民間人)がいる。テレビで一躍有名になった人物だ。ドッグと息子達、そして妻のベスは、ハワイを拠点としてバウンティービジネスを営んでおり、彼らの仕事の様子を撮影して、それが番組として放映されている。ブロンドの長髪にタトゥー、サングラスといったアウトローを前面に出した風体で、移送中に「お前にも家族がいるだろ」などともっともらしく説教したり、銃ではなく催涙ガスを容疑者に向けて「動くな!」と叫んだり、ベスがハイヒールを履いて容疑者拘束に向かったりと、まあ、ちょっとなあ・・・と思うところもあるが、そこはテレビ番組。楽しめる内容である。以下はドッグの写真である。
ところがこのドッグ氏、なんとUSマーシャル(連邦保安局)に逮捕されてしまったというニュースが飛び込んできた。実はドッグ達は3年前にメキシコで逃亡中のレイプ犯を捕らえたことがあり、それがバウンティービジネスを禁止しているメキシコの法令に触れ、現地で身柄を拘束されたことがあった。その際は保釈金を払って一旦は自由の身になったものの、その後ドッグ達がアメリカに帰国してしまったため、バウンティーハンターである彼ら自身がお尋ね者になってしまっていたのである。そしてこの度、メキシコ政府から正式に要請を受けたUSマーシャルがドック達を逮捕したとのことであった。ハワイで逮捕されたドッグは保釈されたらしいが、発信機を足首に付けられ、現在はメキシコで開かれる裁判を待っている状態らしい。メキシコはアメリカと陸続きであるため、我々PIもついついアメリカ本土と同じ感覚で足を延ばして調査を行ってしまうことがある。ただ、あくまでも別の国の領土だということを意識しておかないと、大変なことになってしまう。こういった事情を軽く見て、アメリカのPIがメキシコで調査を行って逮捕されてしまったという話は良く耳にする。メキシコという国柄、賄賂を払って事無きを得たケースもあれば、何年も刑務所に収監されたままというケースもあるというから恐ろしい。私もアメリカ以外の国における調査を請け負うことがあるが、必ず現地の調査員と連携するようにして、単身で乗り込むようなことはしないように心がけている。
次回のコラムで触れるように、PIとバウンティーハンターは異なる職業だが、ドッグ程の名が知れたバウンティーハンターでさえもこういったミスを犯すということを我々は教訓とすべきだ。警察官を含め、我々のような仕事をしている者は自分達を何か特権階級のように勘違いをしがちだが、我々は一般人以上に法律に縛られているということを肝に銘じておく必要がある。逮捕後の彼らの番組で、しきりにドッグはレイプ犯を逮捕した英雄であり、たとえメキシコの法を犯したとしても、結果として悪党を捕まえたのだから、それは正義に反したわけではないなどという家族のコメントが紹介されていた。PIの中にも「クライアントのためなら法を犯してもよい」などと公言している者がいる。これらは一見、聞こえの良いフレーズだが、プロとしての能力の低さがゆえと言わざるを得ない。ルール違反をすればそれなりの成果が得られるのは当然だし、何より、一旦一線を越えてしまえば、歯止めが利かなくなることは目に見えている。そして最終的なしわ寄せはクライアントに圧し掛かかってくる。司法制度の中で仕事をする者が自身の勝手な倫理観を行動の基準としたらどうなるか。答えは明らかであろう。刑法には「○○をしてはいけない」という規定はない。「○○をした者は××に処する」というだけである。ドッグが腕利きのバウンティーハンターであることは疑いの余地はないし、彼のような生き方が羨望を受けることは理解出来るが、自身の行為に関する責任を真摯に受け止め、今後も活躍してほしいと願うばかりである。
逮捕された賞金稼ぎ−後編− 2006年10月19日
さて、今回は前回のトピックの補足として、バウンティーハンターという職業について触れてみたい。日本語では「賞金稼ぎ」という名称で紹介されることが多いが、バウンティーハンターとは保釈金を踏み倒して逃亡した容疑者を捕らえ、当局へ引き渡す仕事を行う人達のことである。何らかの事情で当局に身柄を拘束されて保釈を望む場合、当然、多額の保釈金を支払う必要があるが、アメリカにはべイルボンドといって、保釈金を立て替えるビジネスがある。犯罪は24時間発生するから、こういったべイルボンド業者は24時間体制で営業しており、警察や裁判所が集中しているダウンタウンには、深夜でもネオンを光らせたべイルボンド業者を必ずといって良いほど目にすることが出来る。
保釈金を払って保釈されたとしても、中には裁判所への出廷を無視し、そのまま逃げてしまうものもいる。保釈金は没収となり、損失を補填するためにべイルボンド業者はバウンティーハンターを雇って逃亡者を連れ戻すのである。バウンティーハンターは「正義の味方」のようにメディアで紹介されることもあるが、彼らは100%民間人である。そして、なんと言ってもトラブルが非常に多い。自前のバッジを付け、「Fugitive Agent」などどプリントされたシャツを着て、スワット気取りでドアを蹴散らして踏み込んだはいいが、別人の家だったり、容疑者に似た別人を逮捕してしまったりといったことが頻繁にある。警察官でもない全くの民間人が突然家に乗り込んできて、身に覚えがないのに手錠を掛けられるのだから、被害者にとってはたまったものではない。一般の方からすれば、バウンティーハンターは我々PIと同じように見えるかもしれないが、全く別の職業である。州によって異なるが、経験や専門的な学位を問わず、バックグラウンドチェックなしで、登録するだけでバウンティーハンターを名乗ることが出来たり、簡単な講習を受けるだけで良いところが多い。また、「逃亡者追跡」などというとアメリカ中を逃げ回っている凶悪犯を追いかける映画のような印象を受けるが、実際は容疑者自身に逃亡しているという意識があることは少なく、たまたま裁判所への出廷日を忘れていたり、面倒で無視してしまったりしていただけのようなケースがほとんどで、自宅や家族、友人、行き付けの店などで身柄を拘束されることが多い。私個人的には彼らのような仕事も必要だと思うし、もちろん、彼らの中にも素晴らしい仕事をするプロフェッショナルも多いが、あまり派手なことをやらかして、規制がPI業界まで広がるようなことにならないでほしいというのが正直なところである。
HPスキャンダル 2006年11月7日
HPスキャンダルが日本の調査業界で話題になっているということを耳にした。例の内部調査において、電話の通話記録が「なりすまし」という手段によって、つまり雇われた調査員が電話名義人になりすますことによって入手されたというものである。ただ、私は今回の件については、「なりすまし」という調査手法に焦点が当てられ過ぎているような気がしてならない。そもそも、「なりすまし」手法を禁止しているのはGLB法である。しかしながら、この法律で保護されているのは財務情報であり、包括的に「なりすまし」が禁止されているわけではない。同法は他人になりすまして銀行から預金残高を聞き出すようなケースを想定している。「なりすまし」対策に適用出来そうな他の法令としては、FTC(連邦取引委員会)法があり、これは詐害的な手段によって一般消費者に被害が及ぶような行為を禁止している。しかし、これとて想定されている典型例はいわゆる悪徳商法のようなものである。
道徳的な問題はさておき、今回のスキャンダルにおいて法的に問題となり得ることは3点、1)コンピューターへの不正アクセス、2)個人情報の不正入手、そして3)ターゲットが電話記録だったこと、である。これらを禁止するための明確な規定があり、特に電話記録については、今年の春に制定された法律により、入手・売買が厳しく制限されている。「なりすまし」自体が単独で問題となり得るかという点については、先述の3点に比べればかなりのグレーゾーンであり、もしこれをもって本件を司法へ持ち込むとすれば、検察側は相当な労力を強いられるだろう。従って、「なりすまし」という調査手法が悪いということを議論する前に、まずは調査対象が電話記録だったことやID詐欺を念頭に置いた個人情報の取り扱いなどに着目しなければならないのである。公的機関を名乗ることは論外だが、「なりすまし」が法的に問題となるのはなりすましてから禁止行為に及んだ場合である。少なくとも現行法においては、「なりすまし行為」自体が法的な観点から議論される余地はないというのが私の考えである。あるインタビューにおいて、FTCの担当者はPIが第三者を名乗って住民に対して聞き込みを行うような場合には、「なりすまし」が問題になることはないとしている。併せて、各種法令はあらゆる事態から消費者を守るためのものであり、PI業界を規制することを主な目的としているわけではないとも述べている。今回のスキャンダルも、何もPIだけがやり玉に上がっているのではなく、消費者保護の一環としてPIにも関わりがあるというだけなのだ。
オンラインバンキングを利用している債務者のIDとパスワードを債権者が無断で利用し、ネット上で債務者の預金情報を入手して債権回収に役立てるようなケースと、調査業者にありがちな例だが、友人や宅配業者を騙って電話を掛け、調査対象者の転居先を探るようなケースを、「なりすまし」の名の下に混同してはならない。有識者や法はそれを区別している。混乱しているのは報道とその受け手である我々だけであって、今回のスキャンダルについてはこの点に注意して判断していく必要がある。
私は弁護士ではないため、法解釈については異なる見解があること、そして連邦法とは別に存在している州法については今回は触れなかったことを最後に注釈しておきたいと思う。
私立探偵(PI)と不正検査士(CFE) 2006年11月21日
不正検査士協会の刊行物Fraud Magazine の9月/10月号において、PIとCFEについて書かれた記事があった。多くのPIがCFEという肩書きをビジネスに利用するようになってきているとのことである。PIは扱う領域が非常に広い。従業員の不正調査や保険詐欺調査(我々は「キレイな仕事」と呼ぶ)を行うことがあるかと思えば、浮気調査(「キタナイ仕事」)を引き受けることもある。よって、一概に全てのPIがCFEの価値を認めるようになってきているというのは正しい表現ではないだろう。不倫の現場をカメラに収めることを生きがいとしているPIにCFEの知識が必要であるわけもない。
ただ、PIには「街の探偵屋」タイプと「総合リスクマネージメント」タイプがあり、後者においては確かにCFEの知識が活用されることも多い。私が不正検査士協会を知って入会することになったのも、ニューヨークで後者型の調査会社で働いていた頃に同僚が貸してくれたWhite Paper (Fraud Magazine の前身)がきっかけであった。また、学生時代のアドバイザーもPIライセンスと併せてCFEの資格を有していた。彼はシークレットサービスで長年働いていた人で、現在は自分で危機管理会社を営んでいるが、CFEを持っていると時給が何十ドルか上がると言っていたのを覚えている。ちなみにフェデラルで働いた経験のある人はプライドが高く、そのアドバイザーもネクタイピンから指輪まで、全てを「シークレットサービスブランド」で固めていて、引退した今でも誇らしげにバッジを持ち歩いている人であった。
さて、記事でも触れられている通り、PIとCFEについて考える場合、ライセンス制度は避けて通れないトピックであり、これは社会的認知とも関係している。PIにはライセンス制度があり、規則で縛られている。しかし、それは社会的認知という点ではプラスに働いている。政府のお墨付きがあるからだ。一方、民間団体が独自に発行している資格なので当然であるが、CFEには公的な規制はない。そして、CFEには調査ライセンスなしで調査を請け負ってしまって、調査業法に触れることはないのかという問題が常に付きまとうような気がする。この点については、不正検査士協会のマニュアルの中に「州によってはPIライセンスを必要とすることもある」といった記述があったように思う。カリフォルニア州の場合、調査の基本である聞き込みや尾行などですら、ライセンスがないと出来ないことになっている。従って、PIやCPAといったライセンスを所持してビジネスの基本を維持しながら、CFEという付加価値で武装していくというのが賢い方法だろう。
また、PIとCFEは基本的に比較すべきものではないと思うし、役割が違うような気がする。PIは典型的なCFE(会計分野出身の方など)が出来ないような仕事、周囲に気付かれないで長時間の張り込みを行ったり、別人に化けたり、特殊な調査をこなすことが出来る。一方、高度な会計知識が必要な不正調査などでは、普通のPIではもちろん太刀打ち出来ない。
私個人的には不正検査士協会の情報は非常に有益であり、PIの仕事に役立っていると思う。しかしながら、この辺りは仕事の内容によって異なるだろうし、一概に私の意見が正しいとは限らないので、何とも言えない。但し、地方の調査などで現地の調査員を雇わなければならない場合、CFEを持っている調査員がいれば、私は選別の際にまずその人物を優先に考えるようにしている。
今後、CFEの資格を持ったPIとして、二つの資格の相互効果を自身の肌で感じていきたいと思う。
機密資料の処理 2006年11月27日
自社の財務情報から顧客情報、従業員の個人情報まで、企業は様々な機密情報を保有している。そして、産業スパイ達の常套手段でもあるが、大事な資料がシュレッダーにかけれらることもなくごみ箱に捨てられ、それが第三者によって持ち出されることも多い。そういった資料の中には、敵対企業に渡ってしまえば大きな損失となる情報も含まれているし、従業員の個人情報が外部に漏れてID詐欺に悪用されたりすれば、企業側に賠償責任が生じることもあるだろう。しかしながら、これとて企業側が適切な情報管理を行っていることが証明出来れば、その責任を軽減出来るかもしれない。そんな事情もあって、アメリカでは機密資料処理を専門とする業者が盛んである。ご存知の通り、アメリカは訴訟社会である。何でも実際の必要性に迫られてというより、訴訟対策、つまり保険として渋々何か対策的なことを行うことが多い。私は機密情報処理を外部の業者に委託するのもそういった意味合いが強いように思う。情報漏洩でトラブルになった際に、「うちではちゃんと業者を使って処理してますよ」と言い訳出来るようにしておくということだ。特にアメリカ人は面倒なことが大の苦手である。従業員がいちいち機密資料をシュレッダーにかけるわけもなく、企業は機密資料をまとめて保管しておいて、定期的に業者を呼んで処理させるのである。以下の写真は実際の機密資料処理の様子である。
通常、この手の業者は大型シュレッダーを内蔵した特殊車両を有しており、それを企業の搬入口に持ち込み、山積みにされた資料を一気にシュレッダーにかける。このシュレッダーは凄い。資料が詰まった段ボールを丸ごと飲み込み、それを数分で粉々にしてしまう。ちなみに、写真にある作業の際は300箱以上のダンボールが処理された。また、先述の訴訟対策、または言い訳作りのためだろうが、作業が終了すると、機密資料を処理したことを示す以下のような証明書を発行してくれる。
一私企業が発行する証明書など、何の価値もないことは明らかだが、何かを「やりました」という証拠を残しておきたい企業側の本音をついた、面白いアイデアだと思う。また、この業者では従業員全員に指紋登録を義義務付けており、犯罪歴のない者だけに作業させていることを宣伝文句の一つとしている。まあ、処理業者を呼ぶまでに社内でどのように機密資料が保管されているかとか、大型シュレッダーにかけられている間に搬入口に置かれた資料がきちんと管理されているかとか、そういったことまで気を配らなければ機密情報漏洩を100%防ぐことは出来ないだろうが、企業を面倒なことから開放してくれるサービスであることには間違いないだろう。
債権回収 −「訴えるぞ!」は違法?− 2006年12月12日
不正を行った従業員がいたとしよう。刑事事件として有罪が確定しても、それとは別に、損失分を返済させる必要がある。ただ、「ないものはない」と開き直られてはどうしようもない。民事でも提訴して債務名義を獲得したとしても、差し押さえる対象物が特定出来なければ、雇用主(債権者)は打つ手がなくなってしまう。このような場合、債権者は我々調査会社や債権回収業者を雇って、資産調査や回収作業を委託することになる。ちなみに不正行為の過程で流出した資産を探し出す際もそうだが、資産調査の依頼は以外と多い。弊社では債権回収業者と提携して、資産調査から回収までの一連の作業を引き受けることもある。
日本でサービサーを営むには億単位の資金と弁護士の介入が求められ、債権額の大きい案件だけを扱っているようであるが、こちらでは個人相手の小額回収も盛んである。いわゆる「取立て屋」というと聞こえが悪いが、立派なビジネスである。レートは難易度によって異なるが、回収額の30%から60%が業者の報酬となる。債権回収業務を規制する連邦法としてはFair Debt Collections and Practices Actというものがあり、州レベルでみても、ライセンスなしで債権回収業を営むことが出来ることが多い。
訴訟大国アメリカと言えども、訴訟を起こせば手続きが面倒で費用がかさむのは分かりきったこと。そこで、回収業者達は出来るだけ訴訟前の段階で債務者に返済させようと躍起になる。実際、回収案件が司法まで持ち込まれるケースは稀だ。話し合いの段階で「○○さん、このまま返済して頂けないと裁判を起こして資産を全て差し押さえますよ」などと言うのは回収業者の常套手段だが、先日、3rd U.S. Circuit Court of Appeals(フィラデルフィア)にて、「訴訟を起こすぞ」と言って実際に訴訟を起こさなかった場合、それはFair Debt Collections and Practices Actが禁じている「虚偽の供述」になるという判決が出た。当然ながら、元々この規定は債権者が債務者に債務額を誇張して伝えたり、事実関係を歪曲したりするようなケースを想定しているのだが、それが「訴訟を起こすぞ」という表現にまで及ぶことになった。ただ、私の経験では、ベテラン債務者ともなると「訴訟を起こすぞ」程度では驚かない。その場合、債権者は破産という切り札を出す。「このまま返済して頂けないのなら、破産してもらうしかないですね。そして、債権分を損失金として処理します」と迫るのだ。しかしながら、破産宣告も司法による判断であり、裁判の一部だから、今後は「破産させるぞ」と言って実際に債権者破産を申し立てなければ、Fair Debt Collections and Practices Actに抵触するということになるのだろう。
債権回収だけで仕事をしている人達にとっては面倒なことになったものである。
デジタル写真の証拠能力 2006年12月26日
デジタルカメラの登場は警察・調査業界にも大きな影響を与えるものである。我々にとって、写真は非常に重要な役割を果たすものであり、私も学生時代、犯罪捜査を専攻していたので、犯罪現場における写真撮影についてはそれなりのトレーニングを受けさせられた。浮気調査の現場を捉えるような場合と違い、後の捜査に役立つように、また、犯罪司法制度で認められるような写真を撮るにはそれなりの知識が必要なのである。
さて、最近ではアメリカの警察機関においてもデジタルカメラを使用することが多くなってきている。撮影状況をすぐに確認出来ることなど、デジタルカメラの利点はいくつもある。しかし、犯罪科学的な視点から見れば、デジタルカメラは単に犯罪現場における残留品や進行中の犯罪行為を証拠として記録するだけの道具ではない。例えば指紋や靴跡であっても、それを撮影して後に画像処理することにより、肉眼では識別出来ないサインを浮き出させるような使い方もでき、そういった方法によってもデジタルカメラは力を発揮するのである。一方で、司法制度で用いられる場合、デジタル画像は容易に手を加えることが出来るため、その証拠能力を疑問視する声があるのも事実だ。一般に、デジタル画像はフィルム写真よりも手を加えるのが容易と思われているようだが、FBIの特別捜査官デービッド・ナゴスキー氏によると、画像に手を加えることが出来るのはフィルム写真もデジタル写真も同じであり、エレメントやピクセルなどの分析により、デジタル画像であっても改ざんを見破ることは出来るそうである。デジタル画像の信頼性が司法の場で争われたケースは少ないが、今のところは、「適切な」プロセスを経て収集されたデジタル画像は、司法の場において証拠となり得るというのが通例であり、どれもケースごとにその「適切さ」が判断されている。但し、この「適切さ」というところがミソであり、法曹界にはデジタル画像に対する根強い反対意見がある。通常、フィルム写真が証拠として用いられる場合、撮影を行った警察官が証言したり、現像が行われた場所を考慮したりして、裁判所が総合的にその信頼性(=先述の「適切さ」)を判断することになる。現在、これと同じようなことがデジタル画像についても行われているようであるが、ケースごとに「適切さ」が判断されるのでは、警察機関や我々調査員はどの程度までの準備をしておけばよいのか判断できずに困惑してしまう。デジタル画像が証拠として認められるための統一したスタンダードを確立する必要があるだろう。ナゴスキー氏は、改ざんが出来ないように、保存媒体はCD-RW ではなくてCD-Rを使うことなどを提唱しているが、それに加えて、例えば事前に裁判所によって認められたソフトウェアを開示しておくとか、より細かい基準を設けなければならないのではないかと思う。エキスパートウィットネスを積極的に導入して改ざんチェックのようなことを義務付けることも必要かもしれない。そしてもちろん、デジタル画像とはいえ、適切なChain of Custody が必須であることは言うまでもない。
米国CFE取得体験記 2007年1月16日
私が最初に米国ACFE(不正検査士協会)の会員になったのは6年以上前の話。そして昨年、ついに重い腰を上げてCFE(公認不正検査士)資格にチャレンジすることにした。
とりあえずは2006年7月の総会にはCFEの資格を持って参加することを目標として、Prep Course のCDを購入してみた。昨年5月頃のことである。第一段階として、犯罪学と倫理、財務取引と不正スキーム、不正の法的要素、そして不正調査の各分野の問題を全て正解しなければならない。調査は私の専門分野だし、マニュアルを翻訳させて頂いたこともあり、ここは難なくクリアー。犯罪学と倫理、不正の法的要素も特に問題なくパスした。そして、この程度かと甘く見て臨んだ財務取引と不正スキーム。しかし、ここで躓いてしまった。何より問題数が600題と最も多く、会計の知識が絡んでくるので、会計分野の出身ではない私にとってはかなりきつかった。こうなってくると全てが目に付くようになり、問題文が妙に小難しい表現で書かれてあることや、余白がたくさんあるにも関わらず、やたらと小さい字で文章が表示されることなど、些細なことにイライラするようになってしまった。まあ、とはいっても、ひたすら努力するしかない。他の分野の3倍を費やして、何とか財務取引と不正スキームをパス。あとはトントン拍子に最終テストまで行きつくことが出来た。
私が米国CFEを勉強していて思ったことは、アメリカでは州ごとに異なった制度が存在するため、全米どこでも通用するマニュアルを目指している、言い換えれば全米統一のスタンダードで構成されているACFEの内容は、どうしても連邦法ベースに偏ってしまうということだ。実務レベルでは州法もかなり重要な要素であるにも関わらずだ。また、これはどうかな?と思う箇所がいくつかあった。例えばポリグラフ。私も100%定かではないが、「雇用目的でのポリグラフ使用は不可」というような正答があったと記憶している。しかしながら、政府関係の特定分野ではポリグラフが義務付けられているし、私自身、ある企業へセキュリティー関係の仕事で派遣される際、ポリグラフを受けさせられたことがある。これも連邦法と州法の違いから生じたものなのかもしれない。
マニュアルではあくまでも概要を理解し、より実践的な部分や州法が関係してくる部分については、各セミナー等で知識を深めていくということだろう。
いずれにせよ、気を抜かずに勉強を続けていく必要がある。
所持品チェックの必要性 2007年2月5日
アメリカでは、自分の身を守ることはいかなる場合においても最優先事項と考えられており、日本と比べて、その目的のためならかなりの行為が許されているような気がする。以前のコラムでも触れたが、こういった考えは銃の使用や容疑者を捕らえる場合にも適用される。身柄を拘束した相手が武装していることが予想されれば、拘束後にポケットの中などを捜索し、武器が隠されていないかどうかをチェックすることが認められており、またそうすべきである。それ以外の場合でも、例えば意識不明者を発見した時などには、身分証明書や持病、対処法に関する情報がないかを確認するため、傷病者の所持品を探ってみることもある。しかしながら、このような一見犯罪と無関係と思われる場合でも、決して油断をしてはならない。詳細は別の機会に触れるが、以前、私はある仕事で意識不明の男性を扱ったことがある。そして911通報と併せてポケットの中や所持品を見てみたところ、ドラッグの注射針が出てきたということがあった。後で分かったことだが、この男性は持病による発作や事故などではなく、ドラッグの使い過ぎで意識を失って倒れていたのである。もし私が不用意にポケットをまさぐって、手に針がささったりしていれば、HIV感染などの危険性もあり、大変なことになっていたかもしれない。
さて、先日、ロス市警の管内でこんなことがあった。ケンカの通報を受けた警察官数名が現地へ向かい、容疑者を逮捕した。先に述べたように、武器などを所持していないか、まずは容疑者の所持品をチェックするのだが、不審物は見つからず、容疑者は手錠をかけられたまま事情聴取をされることになった。ところが突然、この容疑者が手錠をかけられたままの両手をズボンの下腹部に入れ、隠し持っていた銃を取り出して発砲したのである。運良く防弾チョッキに弾が当たった一人の警察官は難を逃れたが、防弾チョッキの隙間から弾が貫通してしまった別の警察官は重傷を負った。その直後、バックアップの警察官が一斉に発砲し、この容疑者が射殺されたのは言うまでもない。アメリカではこのような場合、必ずといって良いほど容疑者はその場で射殺される。所持品検査でクリアーだったはずの容疑者がなぜ銃を持っていたのか?実は検査を行ったのが新入りの警察官であり、彼は容疑者が隠し持っていた銃に気付かなかったのである。重大なミスだ。LAPDはその新米警察官の氏名を公表していないが、私ならこんなパートナーとは二度と組みたくない。
こちらでは警察官などが発砲される事件が頻繁にあるため、容疑者または不審者と対応する際、我々は慎重になるだけでなく、非常に神経質にならざるを得ない。過程の一部分だけを見れば、何か起こった場合の警察官達の対応は過剰に映るかもしれないが、こういった背景があることを知れば、それも理解出来るだろう。
米国CFEの実際 2007年2月6日
アメリカのCFE(公認不正検査士)達はどうやってそのスキルを武器としてビジネスに活かしているのか?こういったことについては、日本の方にとっては記事やACFEの統計を介してしか伝わらないことが多く、「実際、CFEは職業としてはどんな感じなの?」というところも見えにくいような気がする。そこで、今回はこちらのCFEが自分達を売り込むために使っている資料を紹介し、そのスタイルからアメリカにおけるCFEビジネスのイメージをつかんで頂ければと思う。
まずは以下のカードをご覧頂きたい。
これはあるセミナーに参加した際、各テーブルに置かれていたものである。CFEの広告だ。「今年、民間企業や政府機関は、不正によって6千億ドルの損失を被るだろう」というフレーズで人目を引き、カードを開くと以下のようなビジネスプロフィールが出てくるようになっている。
電話とファックス番号だけで、住所が記載されていないところがアメリカらしい。日本と違い、こちらではオフィスを持たなくても、サービスが優れていればビジネスとして立派に成り立つのだ。ちなみに、このカードのように、アメリカでは名詞の名前の後に肩書きや学位を付けることが多い。CPA(公認会計士)、PI(私立探偵)、MS(科学修士)、MBA(経営学修士)など。
次は、ある調査会社の求人要項。
元警察官や連邦捜査官が好ましいという内容の中で、CFE資格者を求めていることが分かる。調査会社の求人において、こういった要項が見られることは稀だが、CFEが警察出身者に近い認識を受けていることを示すものだろう。
最後に、以下のパンフレット。
これは元連邦捜査官が引退後に始めた調査会社のものである。
さて、上の三つの例のうち、最初と最後のものに注目して頂きたい。最初のCFEは公認会計士、三つ目のCFEは公認会計士と併せて私立探偵、弁護士ライセンスも持っている(注:CFEだけは民間資格であるため、「ライセンス」という用語が使われていない)。以前のコラムでも触れたが、調査業にはライセンス制度が整っているため、CFEの資格だけでビジネスを行うことは難しいと思う。やはり、会計士や私立探偵の資格でビジネスの基本を維持し、CFEで武装するというのが通常のパターンのようである。
鏡を使った撮影法 2007年2月21日
調査対象者を撮影する必要がある場合、鏡ごしに撮影することがある。通常、誰かと話をしたり写真を撮ったりする際、言い換えれば第三者に注意を向ける場合、人は相手のほうを向くものである。これを受け手の立場から見れば、誰かが自分のほうを向いていれば自分に注意を払っていると感じるし、別のほうを向いていれば、自分には関心がないと思うことになる。調査員が対象者を撮影する際、そういった心理を利用し、カメラやビデオだけを相手に向け、顔や体は別のほうを向けておくということをする。そうすれば、相手が注意を向けられていると感じることは少なく、警戒心を抱かれる可能性を減らすことが出来るのである。
こういった撮影の際に鏡は便利である。鏡を使えば調査員が完全に背中を向けたままの状態で対象者を撮影することが出来る。そして、車両による監視調査においては、サイドミラーやバックミラーが使われることが多い。
しかしながら、特に映像が訴訟に持ち込まれる場合、鏡を使った撮影には注意が必要だ。先日、PI(私立調査員)であるデル・ハーン氏の面白い記事を見ることがあった。あるPIが保険詐欺調査を行っていた。対象者は左足を怪我して仕事を休み、保険金を受給しているA氏。PIが張り込みを行い、A氏の行動を撮影した。調査によってA 氏の怪我は仕事に支障をきたすものではないということになり、舞台は司法の場へ移った。そこでPIによって撮影されたビデオが公開されたのが、最初のビデオの中でA氏は左足に補助器をはめていた。怪我をしているのは左足だから、当然である。ところが数時間後に撮影されたはずの別のビデオでは、A氏は右足に補助器をはめていた。その他の調査結果と併せて、この映像がA氏の不正(A氏のクレームが嘘だということ)を裏付けることになったのは言うまでもない。ところが、ビデオの放映中、A氏側の弁護士が道路脇の「STOP(停止)」サインが以下のように左右逆になっていることに気付いた。
そう、調査員は後半部分のビデオをサイドミラーごしに撮影しており、左右が逆に映っていた、つまり、A氏は一貫して左足に補助器を付けていたのだが、PIがサイドミラーごしに撮影したため、ビデオでは右足に補助器を付けているように映っていたのである。そして、保険詐欺事件自体は解決したものの、そのPIと彼が所属する調査会社は当局から懲罰を受けることになってしまった。
調査で撮影を行う場合、我々はどうしてもきれいに撮ることを意識してしまう。今回のケースでも、調査員はそれを意識する余り、サイドミラーの枠が映らないように撮影したのだろうが、それを調査員自身が忘れてしまったのでは話にならない。我々は見栄えを求めるプロのカメラマンではないのだから、以下のようにサイドミラーの淵が含まれている映像であっても全く問題ない。綺麗さよりも、証拠として誤解を与えることのない映像を提供すべきなのである。
指紋とDNA −一卵性双生児の場合− 2007年3月8日
以前のコラムでも何度か触れたが、犯罪捜査において、今やDNA鑑定は花形であり、特定の人物(犯人)をその他大勢から区別する際の「最強の切り札」として用いられることが多い。従って、証拠としては伝統的な指紋などよりもDNAが勝っているように思われがちだが、実はそうではないこともある。例えば一卵性双生児のケース。一卵性双生児は同じDNAを持っているため、DNAを基にした鑑定では双子の区別が出来ない。一方、面白いことに、一卵性双生児の指紋が同一である確率は80%。つまり、20%の確率で指紋によって一卵性双生児の双子を区別出来るということになる。従って、一卵性双生児の識別という点から考えた場合、指紋はDNAよりも優れているということになる。双子といえども、毎日全く同じものを食べて、同じ行動をし、同じ環境で育つわけではない。にも関わらず、80%の確率で一卵性双生児の指紋が同じになるのだから、人の指紋形成には後天的な要素よりも先天的な要素がより強く影響を与えるのだろう。私の学生時代の教授、リー博士が関わった事件で、こんなものがあった。フロリダのあるモーテルで男性が殺害され、容疑者としてA氏の名前が挙がった。意外にもA氏は簡単に犯行を自白したのだが、その直後、A氏の双子(一卵性双生児)であるB氏が自分が真犯人だと言い残して自殺した。A氏とB氏、どちらが本当の犯人か?犯罪現場には犯人のものと思われる血痕が残されており、これはA氏とB氏に共通するものであった。しかし、上で述べた理由により、DNA鑑定ではその血痕がA氏のものかB氏のものかを区別できず、どちかが真犯人かを見極めることが出来なかった。現場からは指紋は採取されなかった。結局、ポリグラフによって捜査の方向性を定め、状況証拠から固めていき、真犯人はB氏であり、A氏はB氏をかばうために嘘の供述をしていたことが明らかになった。ちなみに、A氏はおとなしい性格で、B氏はギャングタイプ。二人は正反対の性格だった。指紋と違い、一卵性双生児といえども、性格形成については後天的な要素が強いということかもしれない。
消去可能なペン 2007年3月22日
ACFEマニュアルでも触れられている消去可能なインクが入ったボールペン。そういったペンの存在は知っていたが、実際に使う機会は今までになく、どんなものか試してみたくなり、先日購入してみることにした。
向かった先は「Office Depot」というアメリカ人なら誰でも知ってるオフィス用品の専門店。そこで「Erasable Pen」と聞くと、店員がたくさんの商品が陳列された棚へ案内してくれた。
見た目はごく普通のボールペンだ。私達のような仕事をしていると、どうしても間違った使い方ばかりを想像しまうので、消去可能ペンがあまりにも普通に売られていることに驚いてしまった。値段は日本円で200円程度。このペンを使い、まずは実際のチェック用紙に100ドルの金額を記入してみた。
書く際に少し違和感があるが、それもほとんど気にならないし、何より書かれた文字は通常のペンで書かれたものと全く変わらない。そして、書いたばかりの金額をペンのキャップに付いている専用の消しゴムで消してみた。
「hundred」の部分だけを消してみたところ、予想よりもはるかにきれいに消すことが出来た。唯一、文字が修正されたことを見破る方法は、ライトを当てて、最初の金額を書き込んだ際に出来た凹みを発見することくらいだろう。消去可能なペンとはいえ、所詮はボールペンなので、書く時には用紙にペン先を押し付けなければならないのである。
最後の仕上げとして、「hundred」の部分を「thousand」に変更し、作業終了。この段階では消去可能ペンを使う必要はない。普通の黒いボールペンでよい。これで、小切手の金額を100ドルから1000ドルへ変えることが出来たという訳である。
考えてみれば、不正を行う者にとって、消去可能ペンの利用価値は高い。経理担当者や署名権限を持った者にさりげなく消去可能ペンを渡し、これを使ってチェックを作成してもらう。後でチェックの宛名を書き直して自分宛てにしてしまえば、受取人のサインを偽造したり、幽霊会社を設立する必要もない。また、タイムカードの時間を変えたり、休暇届けに書かれた休日を増やしたりすることもでき、様々な応用が利く。
こういったごく普通に出回っているツールを用いて行われる不正ほど恐いものはない。ちょっとした気のゆるみで誰もが犯罪に手を染めることが出来るからである。
人を殺しても許される場合とは?(前編) 2007年4月11日
アメリカでは誰でも簡単に銃を持ち歩くことが出来る、と考えている日本の方が多くいらっしゃるようだが、それは誤解である。特に、犯罪が多発している地域や大都市では、我々のような仕事をしている者以外、銃を携帯するということは簡単に出来ることではない。また、日本の探偵の方からは、「銃を持ててかっこいいから、アメリカで探偵になりたいのですが」というような相談を頻繁に受けるが、実際、警察官でも、職務外で銃を持ち歩くことは稀だ。皆、始めは銃を腰につけて、その「気分」を味わうのだが、じきにリスクを悟ることになる。まず、アメリカには警察のような権威を毛嫌いする者が大勢おり、彼らは我々を襲撃する機会を常に窺がっている。また、銃を持っていれば、何か犯罪を目撃したときに使用せざるを得なくなるし、万が一、銃を使用した場合、その先には面倒な司法手続きが待っており、下手をすれば、犯罪を阻止しようとした自分自身が刑務所へ送られることにもなりかねない。さらに、ただでさえ機材を身につけ、走り回らなければいけない尾行中に、重い銃まで持ち歩くのは現実的ではないし、尾行中に入った店の金属探知機が銃に反応してしまっては話にならない。まあ、どこの世界にも、無意味に銃を持ち歩きたがるマニアはいるが。
併せて、銃を使用出来る条件、つまり銃を使用しても、その行為が正当化される条件について理解しておくことが重要である(こちらでは、あくまでも「銃を使う=人を殺す」という認識であることに注意)。銃を使用出来る条件には、日本でいうところの正当防衛とは若干異なるニュアンスが含まれており、州によっても規定がかなり異なる。例えばテキサス。この州では、歴史的な背景もあり、比較的銃に対して寛大だ。なんといってもカウボーイの州である。銃は強い男のシンボルなのだ。
カリフォルニアでは、生命を脅かされるような危険があった場合にのみ、銃の使用が認められているが、先日、テキサスにおいて、銃の使用が正当化される条件が「不法侵入者に対するもの」というところまで拡大された。これはつまり、自分の家で泥棒を発見したら、例え侵入者が無防備であっても、攻撃を加える危険性がなくても、撃ち殺して構わないということである。これをセキュリティーの観点から見れば、オーナーの代理で私有地を警備していて、住居不法侵入を確認した場合、その者を射殺してよいということになる。
カリフォルニアのスタンダードからすると、テキサスの新しい規定はかなり驚きである。それは、昔、仮装した日本人留学生が不審者と間違われ、住民に射殺された事件があったように、判断ミスによる悲劇が起こりうるからである。もし、酔って隣の家に間違って入ろうとしてしまったら、友人宅を訪れたが誰もおらず、留守かどうかを確認するためにドアノブに手をかけたら、アパートの作業員が修繕のためにマスターキーで部屋に入ったら、不法侵入者として殺されることもあり得ることになってしまう。しかしながら、射殺された日本人留学生のケースと違い、現在のテキサスの法律では、同じ状況でも引き金を引いた者は起訴すらされないことになる。
いずれにせよ、テキサスで私邸に押入るのならば、相当の覚悟がいるようである。
人を殺しても許される条件とは?(後編) 2007年4月20日
前回、テキサス州における銃の使用条件、つまり、人を殺すことが正当化される条件が緩和されたことについて触れた。この法令では、不法侵入者に対する発砲と併せて、特定の暴力事件(殺人、レイプなど)の犯人に対しても、銃の使用を認めている。早速というか、先日、この規定に関連する事件がテキサスであったので、ご紹介しよう。
主婦Aは、夫Bに内緒でCと男女関係を持っていた。いわゆる浮気である。ある日、Bが帰宅してみると、バスローブと下着だけを身に付けたAがおり、密会を終えたばかりのCは外に停められた車の中にいた。浮気の発覚を恐れたAは、とっさに「Cにレイプされた!」とBに泣きついた。怒りを爆発させたBは銃を取り出し、Cを射殺したというものである。
まだ審議中ではあるが、この事件で起訴されたのは、Cを射殺したBではなく、なんと「レイプされた」と狂言を演じたAだった。罪状は故殺(計画性のない殺人)。Bはお咎めなしだった。先に述べた規定が適用されたのかどうかは定かではないが、検察や大陪審、法律の専門家は、BにはAがレイプされたと信じるだけの理由があり、殺人罪を含む起訴は相応しくないとしたのである。
以前にも、似たようなケースを聞いたことがある。どこの州かは覚えていないが、やはり、ボーイフレンドに浮気がバレるのを恐れた女性が、自分はレイプされたと訴え、そのボーイフレンドが浮気相手の男性を車で追いかけ、路上で射殺したという事件だ。あのケースでは、女性とボーイフレンドの両方が有罪判決を受けたような気がする。
さて、まず考察すべきことは、自分以外の第三者が襲われている場合にも、凶悪犯に発砲しても構わないという規定が適用されるのかということだ。たまたま事件の現場に居合わせた者が、自分自身ではなく、被害者を助けるために、犯人を射殺しても良いのかということである。テキサスのケースを見る限り、答えは「イエス」のようである。
また、有識者達はしきりに「一般常識や当時の状況を鑑み、‘レイプ話’を信じるに足りる合理的な理由がBにあったかどうか」ということを争点としているが、私は疑問を感じている。人の命を奪ってよい場合というのは、他の命を守るためだけのはずであり、引き金を引いた者が状況をどのように理解していようが、それは考慮すべきではない。被害者の命を守るために、発砲がやむを得ない唯一の手段だったかということが、議論されなければいけないのだ。
今回のテキサスのケースでは、Bが帰宅した時点では、CはAと離れて車の中にいた。Aには差し迫った危険はなかったのである。にも関わらず、Cに詰め寄って射殺したBの行為は、個人的な感情(嫉妬、怒り、憎しみ)以外のなにものでもなく、まさにAの身に降りかかろうとしている危機を回避するための行動とは程遠いものであった。少なくとも、自分自身ではなく、第三者の命を救うために銃を使用するのであれば、危険の去った犯行後ではなく、犯罪行為の進行中に、それ以上の危害が被害者に及ぶことを阻止するためのものでなければならないと私は考えるのである。







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